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「…んッ…劉、輝…」
閉ざされた瞳が開かれ、虚ろな翡翠の瞳がだんだんと自我を取り戻し光を宿していく。
ピクリと左手を動かせば、暖かい人肌の感触を感じ取れた。
媚香の後遺症か、少しでも身体を動かせば全身に鈍い痛みが駆け巡る。
けれど、ゆっくりとした動作で隣にいる人物を確認しようと頭を動かす。
その人物を視線に留めた瞬間、静蘭はハッと目を見開いた。
「ッ!!……婉蓉…」
『清苑様ッ!』
不意に彼の本当の名を呼んでしまった。
すぐに自分が告げてはならない名を紡いでしまったことに気がついた婉蓉は、ハッと回りを見渡し、続いて誰もいないことにホッと安堵の息をついた。
『喉が渇いてはいらっしゃいませんか?白湯を御用意しておりますが…』
穏やかに微笑む彼女の笑みにつられて、ああと彼も穏やかに笑みを浮かべて返した。
“次にお目覚めになる時には傍に琵琶姫がおりますゆえ、存分にお楽しみ下さい”
始めは茶大保の言葉が浮かび、彼女にも媚香か何かが盛られていると心配したが、いつもの様子にホッと安心した。
白湯を飲もうと身体を起こそうとするものの、受けた怪我で思うように動かせない。
結局彼女に身を起こしてもらい、彼女に支えられることとなった。
『もう、事後処理も済みました
どうぞ御安心なさって下さいましね』
茶大保は亡くなられたという言葉の後に、続けて告げられたソレに、静蘭は安堵の表情を浮かべている。
彼女がここにいるということは劉輝にはどこも怪我はなかったとわかる。
けれど、彼にはもう一人安否を知りたい人がいた。
それを尋ねようとすれば、彼の心を知っているとばかりに言葉を遮って告げた。
『紅貴妃様も少々体調を崩されたようですが、今は回復に向っているようでございます
ですからあなた様は御自分の御身体の心配だけなさって下さいましね』
嫌とは言わせぬ凄みの在る笑みに、静蘭はコクリと頷くだけだった。
昔は大人しいという印象しか感じられなかった少女が、自分を黙らせるほどにまで成長した。
(歳月と言うものは中々どうして、人を成長させるものだな…)
それでも、彼女の変わらぬ優しい心遣いに、静蘭は嬉しく思った。
事後処理を終えた翌日、茶大保の死は頓死とされその彼の所業も公にされることなくひっそりと葬られた。
彼の死を多くの官吏が嘆き、悲しんだ。
人の価値は、その人が亡くなった時にどれほどの人が涙を流すかと、言われている。
その言葉通りならば、彼がとても多くの人に慕われていたことが伺えた。
人々はただ、彼の死後の世界での安らかな眠りを祈りながら、悲しみにふけった。
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