(1/4)



「婉蓉ッ!か、身体は大丈夫なのか?」


貴妃の容態を確かめようと室に訪れてみれば、劉輝と視線が交わった瞬間飛びつかれた。

どうやら婉蓉の容態を彼なりに心配していたようである。
貴妃が攫われ、毒に身体を侵されてそちらの方に気を取られていたが…。


『はい、先程まで休養しておりましたら、すっかり治りましたわ
幸い、妾は毒薬に耐性がありますので』


ニッコリと微笑むその姿は、いつもの彼女のそのものである。

だが、劉輝はその笑顔が特別なときにしか見せてくれないものだと知っていた。
嬉しいとき、楽しいときに浮かべる、特別な微笑―。


「何か、あったのか?」


嬉しいはずなのに。
彼女が見せてくれるあの笑顔が劉輝は大好きだった。

何かあったのかなどと聞く必要などないはずなのに、不意に尋ねてしまった。


『色々と吹っ切れたことがございましたので、そのせいではありませんか?』


先程と変わらない、優しい笑みを浮かべて彼女は返した。
彼女が平気なら問題ない。

そう胸中で解決して、劉輝は未だ目覚めの静蘭の様子を見てきて欲しいと頼んだ。


『清…蘭殿はまだお目覚めになっていらっしゃらないのですね』


衛士である静蘭に対して最上敬語を使う必要などない。
だが、王の表情から静蘭が“彼”だと気付いたことを察知した婉蓉はそう言ってしまった。


待ち続けて待ち続けた劉輝の前に、やっと最愛の兄が帰って来た。
けれど、貴妃が目覚めぬのに一衛士の容態を王が心配するわけにはいかない。

故に、その大事な役目を彼女に託した。
彼女ならば彼と言葉を交わしたこともあるし、何よりも劉輝自身ががこの後宮において誰よりも信頼しているからである。


『かしこまりました…何かお伝えすることがございましたら、承ります
何か言付けはございますか?』


表立って兄と呼べぬ代わりにという婉蓉の心遣いが、劉輝の胸にジンと優しく染み渡る。


(だから婉蓉を吹っ切れないのだ……優しすぎる)


けじめを付けたはずなのに、心の片隅でまだ彼女に引かれる自分。
秀麗を愛しく思っているはずなのに、まだ自分は婉蓉を求めている。

必要ない、と告げれば、静々と優雅な足取りで静蘭の下へと向った。


(これでは楸瑛と変わらぬではないか)


その後姿を見つめながら、劉輝はポツリと胸中で呟いた。








『酷い怪我…』


静蘭の容態を確認した婉蓉は、第一声にそう呟いた。

美しい顔に痛々しく残る殴打の跡。
そして甘い媚香に惑わされぬようにと自ら突きつけた太ももの傷。

きっと愛する劉輝と貴妃が危険な目に合っているのに、と強く突き刺したのだろう。
完治するには時間が掛かるだろう、と彼女は静かに憐憫の情を胸の内に吐露した。


『無茶をしないで下さいまし、と申し上げればよかった
……相変わらず、弟君にはお優しくていらっしゃる』


ゆっくりと手を伸ばし、目に掛かる前髪をそっと払う。

柔らかな髪の感触が、彼が“彼の人”なのだと告げていた。
王家の証である、癖の混じった髪質。

久しぶりに見る彼は、幼い頃の危うい美貌に加えて青年らしい精悍さも加わった。
その寝顔はやはり血筋なのか、セン華王を髣髴とさせるところがある。


(本当に、女人が嫉妬しそうになりそうなほどお美しい方)


自分がそれ以上の美貌を携えていると言うことを多少ながら自覚している彼女だが、彼の美しさはまた別物であった。

きっと流罪地で辛い目にあったのだろう。
誰にも言えないような、辛くて深くて、それ以上に悲しい目に。

久方振りにあった彼の瞳がそれを告げていた。

以前にはない、優しさと悲しみと、そして暖かさをを帯びていた。
紅家で幸せに暮らしていたことなど、貴妃を見ていればすぐに分る。

誰かに言ってしまいたい、けれど誰にも言えない。
悲しみを帯びた瞳が、まるで警鐘を告げるように言っていた。


『早くお目覚めになって下さいまし…劉輝様が、弟君が心配していらっしゃいますよ』


そっと彼の手を握り締めながら、彼の目覚めを待ち続ける。
途中、傷口から身体中を駆け巡る熱に魘され、頬を伝う汗を何度も冷たい手拭いで拭った。






← 

top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -