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その様子を、婉蓉も涙を溢しながらじっと聴いていた。
彼女の心があまりにも美しくて―。
自分と同じ年の頃で同じように叶わぬ思いを抱いた目の前の少女。
同じだけれど、二人は大きく違った。
自分は彼の人を酷い、酷いと罵ることしかできなかった。
愛していたのに―。
けれど、彼女は違った。
出会えただけで幸せだった、共に時を過ごせただけでも十分だった、と…。
自分はそんな風に思えることができなかった。
十三年たった今でも彼を思いださないように、恨み言を口にしたり、とそればかりだった。
なんて傲慢で、なんて自分勝手なのだろうと思う。
これでは、彼の人の兄に疎まれても仕方がなかった。
なんて自分は醜いのだろう、そう思わずにはいられなかった。
そう心で自分を虐げながら、婉蓉は涙を溢し続けた。
香鈴は瞠目していた。
誰よりも高潔で、常に毅然とした態度を崩さなかった、美貌の才媛と謳われた婉蓉が泣いているのだから。
自分は何かいけないことを言ったのだろうか、この美しく気高い人の心を苦しめることを言ってしまったのだろうか。
苦痛に耐えるように唇をかみ締めながら涙を溢す彼女があまりにも痛々しくて、そっと彼女の手に自分の手を重ねる。
それに我に返った婉蓉は、俯きながらも衣の袖の裾でそっと涙を払う。
こんな風に、人目も憚らず泣いてしまうなんて―。
婉蓉は胸中で呟いた。
重ねられた手をそっと握り返し、女官長の仮面を纏い、毅然とした瞳で香鈴を見つめる。
何を言われるのか、香鈴は直ぐにわかった。
だから何も言わずに、彼女の瞳をじっと見つめ返しす。
『香鈴、妾は女官長としてあなたの行為を許すわけには参りません』
「はい」
『処分は追って下します…それまでは離宮にて謹慎し、反省なさい
その間、他の女官と不必要に言葉を交わすことは禁止いたします、よろしいですね』
かしこまりました、とか細い声で返事が返ってきた。
ゆっくりと身体をいたわりなさい、そう言い残して、婉蓉はそっと立ち上がった。
後ろでじっと聞いていた二人は、婉蓉の脇を囲むように前に立ちふさがる。
行きと同じように抱き上げようとしたのを拒んでいるのだが、問答無用とばかりに腕の中に収められた。
どこか居心地の悪そうな表情を浮かべる婉蓉に、香鈴はそっと小さく笑みを溢した。
厳しいけれど、とても優しい人。
硬質の仮面、高潔の女官言われているが、香鈴は知っていた。
女官長として許せない、そう告げた言葉の裏には、同じ女としてはあなたの行為を咎めることはできないと言っていた。
そして処分待機中を謹慎ということを下して自分に身体を、心を労わる瞑目を与えてくれた。
それが本当に嬉しかった。
女官選抜試験の際、女官になるにあたって、私心を抱かずただただ主上の御為に仕えなさい、と一人一人に言い聞かせるようにして告げていた。
その彼女が、誰よりも主上に尽くしていたのを後宮の誰もが知っていた。
彼女が女官長の地位を賜ったとき、誰もが納得した。
彼女ならば、いや、彼女にこそ相応しい地位だと。
(ありがとうございます・・・婉蓉様)
最後まで自分を労わって静かに室を去って行った彼女の後姿を見つめながら、香鈴はそっと胸の中で礼の言葉を述べた。
『愚かだとお思いになられるでしょう?
けれど、仕方のないことなのです…恋をすれば自然と皆、周りが見えなくなるものです』
楸瑛に抱きかかえられながら、婉蓉は絳攸に向かってポツリと呟いた。
室を去ってからずっと無言で、やりきれないという表情を浮かべていた彼に、言い聞かせるように口を開いた。
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