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邵可に秀麗が攫われたという報告をした後、医務室へと運ばれた婉蓉についていて欲しいという劉輝の願いをきく為、絳攸は寝台に臥せっている彼女の様子をじっと見つめていた。
途中、劉輝様と何度もうわ言の様に主上の心配をしていた婉蓉。
その頬を伝う涙を拭いながら、絳攸は初めてこの美貌の女官長の顔をまじまじと見つめた。
(確かに、美貌の才媛と謳われるだけのことはあるな)
これまで女人といえば義母・百合としかまともに接したのことのない絳攸は、正直にそう思った。
その百合姫も、絳攸は稀に見る美女だと信じて疑わなかった。
けれど―。
流れる様な漆黒の髪
透き通る様に白い陶器の肌
柳の様な眉
すっとした鼻筋
見つめれば見つめるほど、彼女が美しいという点しか上がらなかった。
そして、それは自身が今までに見てきた女人の中でも群を抜いたものであることを証明していた。
『…んッ…』
そっと影を落とす睫毛を震わせながら、ゆっくりと瞳を開ける婉蓉に、絳攸は身を強張らせた。
(お、俺はいったい何をッ)
ここはと尋ねられ、医務室だと答えると、彼女はバッと身を起き上がらせた。
『ッ…貴妃…紅貴妃様はッ!?』
気だるい身体に鞭を打ちながらも、必死に言うことを聞かせようとするが、身体は正直だった。
無理をしようとする婉蓉の身体をそっと寝台に横たわらせ、むっとした表情で絳攸は口を開いた。
「主上が救出に向かわれた…じきに戻られるだろう」
ホッと息をつき、安堵の表情を浮かべる。
けれど、直ぐに表情は一変した。
自分と同じように貴妃の室にいた少女―。
『香鈴は?』
絳攸の表情が強張った。
それに何かを悟った婉蓉は縋りつくように半ば身を起こして、彼の官服の袖をギュッと握り締めた。
『香鈴に何が―』
キイ、と扉が開かれる音と共に誰かが入室した。
視線を向ければ、その人物は先程まで軍を指揮していた楸瑛だった。
「目を覚まされました様ですね」
ホッとした表情で告げる楸瑛に、婉蓉は御心配をおかけしましたと告げるといそいそと寝台から身を起こし、衣の袷を調えた。
安静が必要だという、陶老師の言葉を告げても彼女はきかなかった。
「婉蓉殿、香鈴は一度目を覚まされました
ですが、ことの仔細を知った彼女は全ての罪咎は自分に、という書置きを残して自害を試みました
未遂に済みましたが…」
『ならば、尚更妾が参らねばなりません』
梃でも譲らぬとばかりにまっすぐな視線を楸瑛に向ける。
それでもどかぬ二人に、婉蓉は猶も続けた。
『妾は、後宮を統括する女官長です
たとえどの様な事情があろうとも、後宮にて仕える女官は全て妾が把握する義務と責任がございます
何人たりとて、それを阻む方は許しません
そこをお退きなさい』
ピシャリと告げる姿に、二人は諦めた様に息を吐いた。
結局、自分が運ぶという楸瑛の要求に渋々ながらも頷き、婉蓉は背を撫でる膝裏まである長い髪を編んで、抱きかかえられながら香鈴のいる室まで向かった。
長い回廊を歩く途中、楸瑛に抱きかかえられ、絳攸に付き添われる女官長の姿を目に留めた女官が羨望の眼差しを送ることに、婉蓉どこか居心地が悪そうに顔を顰めた。
「そういう表情も、中々魅力的ですね」
定番ともいえる楸瑛の軽口を、隣で絳攸が怒鳴りつける。
非常時ともいえるときに、と婉蓉は溜め息をついた。
『妾が女官長になったからには、後宮通いは辞めて頂きますからね』
厳しい視線と言葉に、つれないな、とまたも軽口を叩くが、流石に二人がかりで冷めた視線でジロリと睨み付けられれば、楸瑛は肩をすぼめるしかなかった。
「以後、気をつけます…」
言葉通り、後に楸瑛は後宮通いに歯止めをかけるものの、それは直ぐになくなった。
その理由はまた別の話―。
To be continue...
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