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そんな静蘭をじっと見つめていた茶大保は、ニヤリと口を緩めた。


「彼の姫は、とても高貴な方でいらっしゃいますよ
どうやらその出自は抹消されておられるようです

ですから彼女は身を潜めるようにして後宮で過ごしておられたのです」

「あれは何者なのだ…?」


困惑した自身の胸のうちを吐露するようにポツリと言葉を紡いだ。


「彼女は、あなたと同じですよ」

「同じ…だと?」


自分と同じ。
それは紫家の血を引くものだというのか、と静蘭は驚愕の事実に表情を歪めた。


「父君のことは存じ上げませんが、おそらくは身分の低い者だと思われます
ですが、母君は紫家の姫でいられます」


つまり、藍家に直系がいないために紅家直系長姫である秀麗が国一番の高貴の姫と思われたが、女官長の任にある婉蓉こそが国一番の高貴の姫だというのだ。

もしそうなのであれば、后妃に立つのはたやすいことだ。
だが、いかに血統が良くとも后妃にはなれない。


なぜならば、后妃になれるのは公子を産んだ妃だけなのだ。

先王は公子に恵まれたが、これほど公子だけに恵まれた王は稀である。
必ずしも迎えた妃が公子を、いや子を産めるとは限らず、それは婉蓉にもあてはまることだった。


「何、彼の姫であれば直ぐに子を懐妊してくださるでしょう」


まるで彼女が子供を埋める身体であるということを知っているような口ぶりだった。
自分が知る限り―公子時代とここ四年のことであるが―彼女が懐妊したという噂は聞いていない。

また、女官長の任にあることから、彼女が結婚しているということはまずない。
だが、目の前の茶大保の口調はそういう心配は不要であると示していた。


「どういうことだ?」


いぶかしげに表情を歪めながらも、静蘭は冷たい視線で問いただした。
その眼差しは、先王を髣髴させる程よく似ていた。


「彼女は、流産したとはいえど一度劉輝様の御子を身籠っております」

「…なん、だ、と…?」


自身が恋焦がれ、十三年たっても忘れることの出来なかった愛しい姫が、自分の弟である劉輝の褥に侍り、なおかつ子まで儲けていた。

新たな事実に、静蘭は先程以上に驚愕に表情を歪めた。


「王位争いが終結を迎える五年前のことでございます
内乱に紛れてというのもありますが、見捨てられた公子であったこともあり、官吏には知られませんでした

ですが、他の公子たちは直ぐに気付きました
兼ねてより妃にと望んでいた琵琶姫がまさか末の公子に寝取られ、あろうことか懐妊まで…焦った公子たちが毒をもったのです」


茶太保の言葉は彼には届いていなかった。
彼の心を占めていたのは嫉妬心―。


そう、静蘭は生まれて初めて愛する弟に嫉妬した。
自分がもし流罪にならなければ、と思わずにはいられなかった。





「そろそろ御喋りは終わりに致しましょう」


それを合図に部屋の香りがぐっと増した。

甘い香りに意識が薄れるが、静蘭はグッと唇をかみ締める。
薄っすらと唇に血が滲みながらも、ククと笑いながら口を開いた。


「愚かだな茶大保」

「なにを」

「朝廷はもう代替わりしようとしている
お前は時機を見誤ったのだ

そして何より、私の末の弟はお前が考えるほど愚かではない」


先程まで抱いていた弟への嫉妬心などかけらも感じさせないほど、自信に満ちた声色で告げる。
これには茶大保も驚きに表情を歪めた。


(劉輝様への嫉妬心と、婉蓉への恋情で従順になるかと思ったが…)


「仕方がありませんな
丁重にお相手しろ、下手に傷つけるな」


その言葉と同時に、十人を越える男達が静蘭を取り囲んだ。
ハッと顔色が一瞬にして変わった。

本来ならば凶手の気配など物ともせずに察知し、切り捨てていた。
だが、婉蓉の話に気を取られていたためにその存在に気が付けなかったのだろう。

茶大保は右手に持つ香炉をその手から滑り落とすようにして払った。
粉々に砕けた香炉から、むっとするような香気が漂い、酩酊感に襲われる。


「次にお目覚めになる時には傍に琵琶姫がおりますゆえ、存分にお楽しみ下さい」


黒い布で顔の半分を覆い、くぐもった声でそう言うとゆっくりとした歩調で室の入り口へと向かった。

その瞬間、男たちが静蘭へと襲い掛かった。
剣を振りかざすでもなく、急所を狙って次々に拳や脚が降りかかる。

それを必死に交わす静蘭だが、やはり薄まる意識には逆らえるはずもなかった。

不意に室の扉に手をかけようとした茶大保が目に入り、腰に帯びた短剣を震える手で抜き、ためらいもなく自身の腿に突き刺した。
痛みで一寸だけ得た覚醒を逃さぬように、自身の血に濡れた短剣を茶大保の背に向けて投げ付けた。


グゥッという唸り声と共に、茶大保の背に突き刺さった短剣の周りが血に染まる。
それを見届けた静蘭は、そのまま甘い香りに誘われるようにして瞼が落ちてくる。


(…婉蓉…劉、輝…)


脳裏に浮かんだのは、愛しい姫と愛する弟の名。
その二人の無事を願いながら、静蘭は混沌とした眠りへと誘われた。






 

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