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「お久しぶりです、というべきですかな―――清苑公子」


暗闇の中、一人の老年の男がまるで好々爺の如き笑みを浮かべながらポツリと呟いた。
だが、それに反して目の前の青年は、老人へ剣を突きつけながら冷たい表情を貼り付けている。


「お嬢様は、どこだ?茶大保ッ!!」


冷静さを保とうとしてるが、荒ぶる感情を抑えることは出来ず、彼の声は怒りに震えていた。
そんな彼をあざ笑うかのように、茶大保は自身の感情を吐露した。

霄の上に。

長年の、積年の夢を、吐き出すようにして茶大保は語りだした。


自分は凡人で、霄は天才。
自分は欲に塗れた俗人で、霄は己の身一つあればいいというまるで聖人とも称すべきもの。

自分との差を見せ付けられながらも、それでも霄を追い続けた。
這い上がり、他人を追い越し、それまで自分の上にいて己を見下ろしていた輩を見返すのは楽しかった。

これまでの自分の生き方に悔いはない、そう言い切った。

恍惚の笑みを浮かべる茶太保。
その表情は、自分の生き方には悔いはないという言葉を裏付けるものだった。


「玉座を用意しておりますよ、清苑公子」


茶大保はつと、青年に視線を向けながら言った。
霄の上に立つためには、彼がこれまで気付いていなかった誰よりも玉座に相応しいと言われた存在――清苑公子――をその椅子に据えるしかない、と示した。

だが、青年は笑った。
馬鹿馬鹿しい、とまるで茶大保をあざ笑うようにして―。


「彩雲国の王は劉輝様お一人だ」


劉輝こそが王に相応しい。
青年は、きっぱりとそう言った。

だが、茶大保の紡がれた言葉に、青年の表情は一変した。


――主上が死ねばいい、幸い、子供がいないのだから


ダン、という強い音と共に、青年の剣が壁に突き刺された。
自身の首すれすれに突きつけられた剣を見ても、茶大保の表情は変わらなかった。


「玉座を御用意しておりますよ、清苑公子
ご執心の藤の琵琶姫と共に―」


まるで見合いの仲介人の様に、茶大保はサラリと口にした。
青年、静蘭はその言葉にカッと頬を紅く染めた。


「彼女は無事ですよ…大切な、あなたの后妃となる大事な方ですから―」


静蘭の心情を悟ったように言った。
だが、その言葉に静蘭は表情を強張らせた。


「他人に関心を示しさなかったあなたでしたが、彼女だけは例外でした
気付かれぬようにされていたようですが、私は直ぐに気がつきましたよ

ことある毎に、あなたは彼女を視線で追っておりましたからね
まるで獣を狙う虎の様な眼差しで―

まあ、彼女をそんな目で見ていたのはあなただけではありませんがね
他の公子達も彼女を狙っておられました

ですから、それに気付かれた先王陛下も藤の衣を下賜なさり、彼女の身を案じたのです」


父王も知っていた、という事実に静蘭は目を見開いた。
息子である自分の年齢すら知らない、そんな父が気付くほどに自分は分りやすかったのかと思った。

だが、父が彼女の身を案じたという事実に、腑に落ちないと口を開いた。


「アレにはそんな身分はないはずだ」


不意に公子時代の口調に戻り叫んだ。

婉蓉が藍家の三つ子との恋の最中にただの一回、自分の想いを吐露したことを思い出した。
劉輝にせがまれ“蘇芳”を奏で終わった彼女が涙を浮かべながら、呟いた時のことである。


“身分違いも甚だしい、そんな方をお慕いしてしまいました”


その時は、自身の想いを告げる前に失恋してしまったことに気落ちしていた。
流罪になる前、少しでも後悔というものをなくそうと彼女に思いを告げるはずだった。


けれど、彼女の想いを知り、自身の恋心をそっと胸の奥にしまった。

彼女の想い人を知ったのはその後だった。
それは、籐香宮をそっと気配を消しながら覗き込んだときに目に映ったのが、藍家の三つ子の一人だった。

だから、藍家の直系とは釣り合いの取れない身分の低い家の娘だと悟った。
だが、それに気がついたのは紅家に仕えるようになってから数年後のことだった。






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