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「主上、失礼ですが、実は女性を抱いたことがあるでしょう…それもかなり」
問いではなく断定的に話す楸瑛に劉輝はもちろん、丁度聞こえる場所まで足を踏み入れていた婉蓉はギクリと身を強張らせた。
狼狽する劉輝を他所に、楸瑛は次々に確信的にズバズバと告げていく。
「女とやったら、子が出来るだろう?」
劉輝の言葉で、婉蓉の全身に冷やりとしたものが駆け巡った。
そう、劉輝の言葉は予想ではなく、結果だった。
王位争いが終わりを迎えていた五年前、婉蓉は劉輝の子を身籠った。
当時、忘れ去られていた存在であった劉輝の子のことなど、官吏たちは知る由もなかった。
けれど、婉蓉を妃嬪(つま)にと望んでいた他の公子達は彼女の懐妊にすぐさま気がついた。
目を付けていた婉蓉を末弟に寝取られただけでなく、子のいなかった公子達からすれば劉輝の子は目障り以外何もなかった。
故に、すぐさまその子は水に流された―。
当時を思い出したのか、婉蓉はそっと下腹に手を添え瞳を閉じる。
産みたいと思ったことはなかったけれど、我が子が殺されたことに悲しみを抱かずにはいられなかった。
「では主上、恋をしたことは?」
楸瑛の容赦のない問いに、劉輝はまたもやギクリと身を強張らせた。
本当に容赦のない臣だ―と心中で溢した。
「私の見立てでは、婉蓉殿では?」
劉輝は不意に泣きたくなった。
なんでこうも自分の側近はズバズバと物怖じせずに言うのだと、膝に顔を埋めながら唸った。
「余は…そんなにも分りやすいのか?」
顔半分を上げて目線だけを楸瑛に向ける。
その様子を微笑ましく思いながらも、楸瑛はキッパリと告げた。
「なんというか、はじめは姉に対する親愛の情とも思えたのですが、秀麗殿より優先する様やその仕草で、ですかね
何より表情です…ただの女官に対するモノではありませんでしたからね」
劉輝はポカンと口を開けて呆けた。
バレバレではないか、と思わずにはいられなかった。
小さく息を吐いて、観念したかのように劉輝はポツリと口を開いた。
「はじめは、楸瑛の言うように姉の様に慕っていたのだ…
清苑兄上が、幼い余を心配して眠れない夜に子守唄を奏でるように、と連れてきてくれる様になってからはいつも傍にいてくれた
優しくて、暖かくて、琵琶の上手な、美しい少女だった」
目を瞑ればその時が今でも脳裏に焼きついている。
優しい笑みを浮かべて、自分が納得するまで琵琶を弾き続けてくれた愛しい人の、少女だった頃。
昔を思い出し、一つ息を吐いて劉輝は猶も続けた。
清苑兄上が流罪になってすぐ、婉蓉は姿を見せなくなった。
しばらくして戻ってきた彼女は、いつもどこか寂しげだった。
だから、余は婉蓉は兄上を慕っていたのだと思った。
だが違った。
婉蓉には想いを寄せている相手がいたのだ。
寂しい、悲しい、辛い、と泣き崩れる彼女を、余は慰めと称して抱いてしまった。
その時、余は自分の想いを自覚した。
姉だと慕っていたこの感情が、特別なものなのだと―。
それからというものの、余は毎夜の如く婉蓉を抱いた。
何も言わずただ黙って余に抱かれる姿に、彼女もまた自分を想ってくれていると思いながら、溺れていった…。
けれど、それは余の思い違いだった―。
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