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「婉蓉は知っているのだろう?」
隣で瞑目するようにして沈黙を保っていた婉蓉に、劉輝はさも当然かの如く問いただした。
ゆっくりと閉じていた瞼を挙げ、手に持っていた扇を小さく握り締めて、はいと小さく返事をした。
「知っているのかッ!?」
流石の絳攸も声を荒げて反応した。
幼少の頃より後宮にあがり、十にも満たぬ頃から先王の傍に侍っていたと聞いていたが、まさか知っていたとは思わなかった。
話すように、と絳攸をはじめとするその場の人間は視線で促す。
それを傍目に、彼女は一寸邵可を探した。
ゆっくりと瞼を閉じる彼に瞬きで答えると、少しだけ、と囁いて口を開いた。
『あの方は、誰よりも優しい方でした…』
穏やかな口調で紡がれた言葉に、秀麗は瞠目した。
暗殺をする人間なのだから、きっと人の命をなんとも思わないような人物だと思っていたが、紡がれた言葉は正反対のものだった。
『誰よりも優しく、穏やかな方でした
虫も殺せぬような…そんな優しい方です
それにも拘わらず、あの方は“暗殺”という闇の道を歩まれたのです』
ポツリポツリと紡がれた言葉を聞き漏らさぬよう、三人は聞き耳を立てるように聞いていた。
黒狼の意外な人物像に、息を止めながら。
『肩を持つ積りはありません…けれど、あの方は確固たる信念を―断固たる決意を持って、その道を進まれました
自分の大切な人を守りたい
けれど、その人たちを人殺しの理由には絶対にしない
堕ちるの自分だけだ―そう御自分に言い聞かせて…』
そして再度、本当に優しい方でしたと告げて、それきり婉蓉は口を閉ざした。
暗い雰囲気が漂うことを申し訳なく思ったのか、婉蓉はその後また府庫を後にした。
その後姿を、秀麗は黙って見つめていた。
(本当に凄い人
もし黒狼にあったのが私だったら、あんな風に言えないわ…)
府庫を出た所で婉蓉は立ち止まった。
鋭い視線で無言で佇む静蘭の姿。
婉蓉にはそれだけで十分理解できた。
『動かれるのですね…』
小さな小さな問いに、静蘭はええと短く、けれどはっきりと答えて去って行った。
その後姿を婉蓉はただただ見つめていた。
どうかご無事で、と祈りながら―。
後宮の見回りを追えて貴妃の室へと訪れた婉蓉は、その荒々しい様に目を見張った。
扉越しに聞こえてくる貴妃の言葉はとてもではないが、後宮内で口に出来るようなものではなかった。
(とうとうバレてしまいましたか…)
溜め息が零れた。
だが直ぐに表情を引き締め、落ち込んでいるであろう主上を心配して、踵を返し庭園へと向かった。
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