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貴妃が王と共に府庫で勉強会に励んでいる合間、婉蓉はその貴妃の室にいた。

すこし探ってみれば、面白いほどに毒に染められた物が出来てた。
引き出しから取り出された硯、筆、化粧箱からは手鏡、紅、白粉、普段彼女が好んで使う茶器など、貴妃が毎日使うものに毒が塗られ含まれていた。

それらを一箇所に集め、卓の上に並べれば実に壮観であった。
悪い意味ではあるが…。


『全く、よくもまぁここまで…』


頭痛がしてならなかった。
主上が昨夜念入りに見つけ出したにも拘らず、翌日にはもうここまでである。

正直、貴妃付きの女官を変えたいが、流石にそれはやってはならないと分っている。


(主上がお気付きになるまで待ちましょうか…)


旺季が越権行為に対して示唆してきたということは今回は見逃してくれるということである。
本来ならば絶対に前もって告げてくれるような殊勝な方ではない、婉蓉はそれをよく知っている。

婉蓉は今回の側近の二人の行動に対して何も言わなかった。

けれど、御史大夫の皇毅はそうもいかない。
彼は必ず動いている。
彼より先に手を打たなければ、“彼”の努力は泡となってしまう。


「婉蓉様、府庫にて主上がお待ちでございます」


悶々とこれからのことを考え込んでいた婉蓉の耳に女官の声が届いた。
筆頭女官の月影である。

女官長になった時、婉蓉は自身の右腕として月影という女官を筆頭女官にした。
同じ地位にある珠翠は貴妃付きであり、また婉蓉は彼女を“こちら側”と認めていない。

故に、月影を自分の駒の如く使えるように、いざとなったとき重石となるようにとの配慮である。
その月影に卓の上のものをきちんと順序を踏まえて処分するように命じると、婉蓉は主の待つ府庫へと向かった。










府庫に着けば、丁度講師である絳攸による閑話休題が上げられた頃であった。
もはや伝説と化している彼の有名な“黒狼”である。


「婉蓉、待っていたのだ」


婉蓉の姿を見つけるや否や、陽が差した様な笑顔を浮かべて席を立って迎えた。

無邪気な劉輝の姿を秀麗がとこが憂いのこもった表情で見つめているが、そんな事に気付いていたない劉輝は、いそいそと手を引いて自分の隣に用意させていた腰掛へ導く。

それを貴妃がいるのだからと視線で制止させるものの、捨てられた子犬の様な表情でじっと見つめれてしまった。


婉蓉は負けた―。

小さく息を吐き、渋々と椅子に座る。
その様子を見ていた前に立つ絳攸は、偉そうに自分や楸瑛を見下していた婉蓉に対して微妙な表情で見ていた。

だが、すぐに視線に気付いていた婉蓉と視線が合い、それを誤魔化す様にゴホンと咳払いをする。


『李侍朗、申し訳ございませんでした
どうぞ続けて下さい』


講義を中断させてしまった謝罪をすると、絳攸は少しだけ目を見開くもののすぐに表情を引き締め講義を続けた。


「“黒狼”のお話ですね」

「そうだ」


講義を進める為にと紡がれた秀麗の言葉に、絳攸は大きく頷き答えた。


先王陛下の懐刀と謂われた幻の暗殺集団“風の狼”を束ねていた男。
王のかわりに手を汚し、公にはできぬ“影の仕事”を担い、人知れず政敵を葬り、国を安定へと導き、先王の死後、忽然と姿を消した。


「国を纏めるには綺麗ごとだけではすまされないということだ…黒狼の存在がなければ今の時代はなかったもしれないな」


重々しい口取りで告げる絳攸に、秀麗の表情は自然と暗い影を抱いていく。
目の前にいる王も、もしかしたらと不安にかかれ、秀麗は問うた。

あなたは知らないの、と―。
だが、秀麗は帰ってきた言葉に安堵した。


「知らぬ…余の生まれる前のことだし、誰もが知ることではない」

(父の若い頃は争いが絶えなかった…)

「知っているとすれば、あのタヌキじじいだろう…」


暗い表情を落としながら口にした言葉に、秀麗は理想だけではやっていけないことなのかしら、とポツリと呟いた。






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