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一頻り泣いた後、秀麗はいつもの様に劉輝を迎え入れた。
手渡した手拭いを喜ぶ劉輝を尻目に、午の出来事を後悔した。


わかっていた。
美しい後宮に十人並みの自分は不似合いだと。

自分よりも格段に美しい女官に囲まれて、拍車をかける様に悲しくなった。
そして己の指も同じだった。

毎日の様に皆が手入れをしてくれた御蔭で、随分と綺麗になった。
けれど、やはり節くれだった指は変わらず、それが秀麗を表していた。


どんなに見かけを繕おうとも、秀麗はこの後宮には相応しくなかった。

その上、あんなにも素晴らしい人の心を傷付けてしまった。
自分の心のどこかにあった、自分も負けてない、という醜い嫉妬心が―。

どんどん落ち込んでゆく自身の思考を振り切るように、秀麗は首を振って隣室へと戻っていった。








それから数刻後だった。
隣室で眠っていた劉輝の突然の凄まじい絶叫が夜の静けさを突き破ったのは―。

真っ暗な寝室の奥の寝台で、劉輝は脅える様に叫んでいた。
近くへよれば物凄い力で抱きしめられ、正直秀麗は圧死しそうなほどだった。



しばらくして、心配した珠翠が入ってきた。
血相を変えて賊が侵入したのかと訊いてきたが、違うと返事をすれば安心したようにホッと息をついた。


「大丈夫だから、寝てて…」


そう言えば、珠翠は室を出て行った。
これからどうしようか、と秀麗は思案していた。

とてもではないが、錯乱状態の劉輝に声を掛けたところで、話は通じないだろう。
ふと寝台にある二胡が目に入り、手を伸ばそうとした瞬間、どこからともなく琵琶の音色が聞こえてきた。


優しくて、甘くて、身震いするほどの美しい、まさに天上の音色。


楽に覚えはあったが、正直こんな音は今まで聴いたことがなかった。

余りの素晴らしさに、圧死しかけていることも忘れて聞き惚れた。
子守唄だろうか、優しい音色に耳を傾けていたが、数回それを繰り返した後、琵琶の音色は聞こえなくなった。


「婉蓉…」


劉輝がポツリと呟いた。
先程までの震えはもう止まり、秀麗の長い髪を撫でながらまた彼女の名を呼ぶ。

慈愛に満ちたその仕草に、秀麗はどこか心が痛んだ。


「秀、麗…?」


落ち着いたのか、暗闇に目が慣れたのか、秀麗の顔を見てやっと誰だかわかったようである。


「そうか…」


すっと瞳を閉じ、大きく呼吸を行う。
そしてポツリと呟いた、闇は嫌いだ―と。


「どうして?」


秀麗が問えば、また大きく呼吸をする。

片腕で目を覆い、何かから目を背けるようにして―それからコクリと喉を鳴らし、徐に口を開いた。


「昔、よく…閉じ込められた、暗い中に」

「!…なんてことッ」


絞り出すような声で怒りを露にする秀麗に気にする事無く、劉輝は淡々と述べていった。


自分の生まれた順番が悪かった為に、父の愛情が薄れたと勘違いを起こした母に虐げられていたこと。

何日も地下蔵に閉じ込められたこと。
それに、兄達が加わり、蹴ったり殴ったりの暴行を受けていたこと。


本当に、淡々と述べて言った。
まるで当然かのごとく、それが自分にとっての当たり前だったこととして、自分が虐待にあっていたことにも気付かずに。


「清苑兄上がいてくださればよかった
そして婉蓉がいて、琵琶を弾いてくれればそれだけで――」


清苑、という名に秀麗は反応した。
確か流罪になった第二公子だったはず、と心中で呟く。


「読み書きも算術も、兄上が教えてくれた」


忙しい合間をぬって、いつも自分との時間を作ってくれた優しい兄。
他の兄たちから暴行を受けてもいつも庇い、薬を塗ってくれた。

その兄に連れられ、自身に子守唄を奏でてくれた美しい少女。
自身の身も危ういのに、公子達から自分を庇い助けてくれた。

時には、二人で庭園の影に逃げ込んだこともあった。


「兄上は悪くないのに、外戚の謀反を受けて罰せられ流罪になった
けれど、私はそれを知らなくて―」


自分が嫌いになったのだと泣き暮らした。
王宮のどこにいても居場所はなかった。

婉蓉も助けてくれたけど、彼女も清苑公子の謀反の後、しばらく姿を現さなかった。

誰も自分に気など止めず、視線すら合わせないことに、自分は本当に生きているのかといつも不思議に思っていた。


「その頃、邵可と会ったんだ―」


黙って聴き続けていた秀麗は、え?と反応して視線を下ろした。
劉輝は嬉しそうに頬を緩めた。






 

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