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『失礼致しました』


笑い終えてすっきりした表情で告げると、先程までの硬質は雰囲気は和らぎ、柔らかな笑みを携えた。
女人に面と向かってあの様に言われたのは初めてでしたので、声を上げて笑ってしまった無作法を詫びた。

先程までの雰囲気に飲まれるように身を硬くしていた秀麗は安堵しながら、嬉しそうに微笑んだ。


「失礼だけど、女官長とお聞きしたのでとても厳しい、年嵩の女官が来ると心配したのけれど、優しそうな方で安心したわ」


自身の心情を吐露する言葉を告げると、婉蓉はピクリと反応した。


(気を許すとすぐに“お嬢さん”に戻ってしまうのね…まあ、妾もあまり人の事はいえなかったけれど)


毒づくような感想だが、婉蓉はかつての自身を思い出しながら胸中で呟いた。

今でこそ美貌の才媛、硬質の女官などと言われているが、後宮にあがった頃はそうでもなかった。

婉蓉もまた甘ったれた子供だった。
何度も何度も危険に苛まれ、やっとのことで自身を守る術を身に付けたのが、硬質な仮面を纏うことだった。

そう思うと、目の前の少女を邪険に扱うのには心が痛む。
だからこそ今回の対面を決意したのだ。


『刺繍をなされていたようですね』


しまいきれなかった刺繍箱をチラリと一瞥すると、口を開いた。
自身が来るまで、三人で仲良く根を詰めていたのだろう。

少しだけ申し訳なく思った婉蓉はニコリと微笑みながら告げると、それに気を良くした秀麗は、女官長も一緒にどうかと誘ってきた。

是と返事を返せば、まるで花が咲いたような笑みを浮かべて、いそいそと珠翠に香鈴を呼ぶようにと告げた。

さあ、といわんばかりに差し出された絹の手拭いを受け取ると、何を繕おうかと悩む。
脳裏に兄の顔が浮かんだ。

遠き土地で、政務に勤しむ兄。
もう二十年も会っていない。
元気だろうか、と思いっていると、そういえばここ一、二年文を出していない事を思い出した。


(久方振りに文を出そうかしら…手拭いもその時一緒に)


兄の為に繕おう。
今まで関係を疑われぬ様にと、他人をを通して連絡を取っていた。

最近になってやっと直接文を交わすようになった。
嬉しくて仕方がなかったが、それでも警戒を怠らない兄は滅多に文を寄越してはくれない。

だから、女官長になったという報告も兼ねて文を送ろうと決めた。
兄が受け継ぐ筈だった“称号”と共に――。









「素晴らしいですわ…なんて美しいお刺繍なんでしょう」


完成した婉蓉の刺繍を見た珠翠は感嘆の声を上げて呟いた。

細やかな鳳凰と麒麟の刺繍に、寄り添うように繕われた藤の花。
艶やかでありながら品のある手拭いに、ホウと溜め息を溢しながら珠翠は見惚れた。

その声に誘われるように、秀麗と香鈴は覗き込むようにして出来上がった刺繍に見入り、珠翠同様に感嘆の言葉を紡いだ。


「やっぱりいるのね、女官長みたいに何でも簡単にやってのける美人って…」


どこか羨ましげな言葉だが、聞き様によっては嫌味に聞こえる。
本人はそんなつもりはないだろうが、はっきり言って“いいわね、何でも出来て”という言葉とも取れる。

そういうつもりで言ったわけではないとわかっている為、婉蓉は笑みを崩したりはしなかったが、珠翠は反応した。


(秀麗様、今の言葉は婉蓉様には禁句でございますッ)


そう、婉蓉はこの手の言葉が嫌いだった。

美しいのは生まれつきのもの。
それは仕方がない。

だが、婉蓉の持つ所作や作法、教養といったものは物心の着く前から叩き込まれ、現在においてもそれを維持する為に努力した賜物であった。

それを何でも出来る、という言葉で片付けられてはたまったものではない。


後宮にあがって間もない、婉蓉がまだ5つだった頃から、年上の先輩女官、側付き女官からその美貌と教養と作法ゆえに睨まれ、公子達に追い掛け回されていた。

後宮で生き抜く為に培ったものであったが、それ故に自身の身を危険に晒す。
それがどれほどの屈辱なのか、知らぬとはいえ軽々しく口にする言葉ではない。

正直、ここにいるのが珠翠と香鈴だけでよかったと婉蓉は胸中で吐露した。
他の自分寄りの女官がいれば、たちまち貴妃の立場が悪くなっていた。


“貴妃でありながら、嫌味を言うとは…”


などと噂が回ってしまえば、その貴妃を寵愛する王の品位を問われる。
せっかく王の信頼を取り戻しているというの大事な時期だというのに。

傍にあった花茶を口に含みながら婉蓉はゆっくりと息を吐いた。






 

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