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「なんて美しいお刺繍なんでしょう
本当に、紅貴妃様はなんでもできるんですね
私、お針はとっても苦手なんです」  


香鈴の賛辞の言葉に、秀麗はギクリと身を強張らせた。

刺繍というものなど大してした記憶はないが、繕い物をせっせとこなしてきたのだから針仕事はお手の物である。

しかし、深層の令嬢たる者、繕い物など絶対にしない。
乾いた笑いで誤魔化し、香鈴に手解きをすると言えば可愛らしく頬を染めて食いついてきた。


(こんな幼い少女でも、想う人がいるのよね…)


どこか他人事の様に胸中で呟いた。
ボーっとしていた秀麗は、ハッと我に返り丁度目の前にいた珠翠にも同様に刺繍を誘ってみる。


「いえ、私も裁縫は、少し…」


語尾を濁す様な口調で返ってきた返事に、秀麗は驚いた。

何でも完璧にこなす珠翠にも苦手なものがあったのか―と吐露すれば、自分は養女だというビックリな言葉が紡がれた。


(珠翠が養女…大変な目にあってきたのね)


正直、後宮に上がるくらいなのだから良家の子女で蝶よ花よと(かしず) かれて育ってきたのだと思っていたいが、中々シビアな人生を歩んでいたことに秀麗はちょっぴり反省した。


けれど、どこか納得した。
珠翠は他の女官とは違っていたからだ。

芯がピンと通っていて、苦労知らずのお嬢様ではなかった。
香鈴の好奇心からなる質問をサラリとかわす辺りなど、まさにそうである。


そんな二人の会話をボーっと聞き流しながら、秀麗の耳にコンコンと扉の叩かれる音が伝ってきた。

静々と珠翠が対応に出向けば、どこか驚いた表情を浮かべていた。
尋ねてきたのはどうやら侍官であるが、内容は聞こえてこない。

直ぐに侍官は下がっていき、先程の驚愕の表情は消え、どこか神妙な面持ちで秀麗の前に珠翠は戻ってきた。

開かれた口から紡がれた言葉に、秀麗はポカンと口を開けた。



「女官長が?」


女官長が就任の挨拶に来ており、今も室の外で待っているらしい、という言葉に秀麗はハッと我に返り、香鈴に茶を用意するように命じた。


ややあって、一人の美しい女官が入室してきた。
流れるような優雅な歩行はもちろんだが、それ以上にその女官の美貌に秀麗はボーっと見惚れた。


漆黒の艶やかな髪を蘭の簪で纏め上げ、余程髪が長いのだろう、纏めきれなかった髪は彼女が歩くたびにサラリと靡く。

陶器の様な透き通る白い肌に、橙がかった赤褐色の瞳、薔薇色の唇。

秀麗の目の前に佇むとゆっくりと拝礼を行う絶世の美女に秀麗は亡き母を思い出した。


『お初に御目もじ仕ります
この度女官長の地位を賜りました、#婉蓉と申します

紅貴妃様には入内の折のご挨拶が遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます』


鈴の鳴るような声だが、どこか張りのあるしっかりとした声。
チラリと隣に辞す珠翠と見比べても、申し訳ないが彼女のほうが“上”だと瞬時に理解し、彼女が女官長の任にあることに納得した。


「顔をお上げ下さい」


スッと隙のない所作で顔をあげ見つめられれば、秀麗はドキッと顔を紅くした。

嫦娥楼の胡蝶に見つめられても、これほどまで胸が高鳴ったりはしなかった。
そして、自分の脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口にしてしまった。


「…綺麗な人」


目の前の美貌の女官がそっと口元を隠しながら笑っていることで、秀麗は初めて自分が何を口にしたかを理解した。


「紅貴妃様が仰ってしまいますのも仕方ありませんわ
婉蓉様、いえ女官長は外朝の高官方にも美貌の才媛と謳われるほどの佳人ですもの」


どうしよう、とワタワタと慌てる秀麗に、すかさず珠翠の助け舟が出されたことに、ホッと息をついた。
流石は筆頭女官である。






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