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『これは李侍朗、おはようございます』
府庫へ向かう途中、後宮の直ぐ入り口付近で吏部侍朗・李絳攸と鉢合わせた。
キョロキョロと辺りを見回していたところを見れば、“また”道に迷ったのだろうと直ぐに分った。
当の絳攸はといえば、先日の対面での印象が悪かったのだろう、ヒクリと口を引きつらせた。
だが、流石は“鉄壁の理性”の持ち主と自負するだけはあって、直ぐに表情を整え会釈を返してきた。
「確か、婉蓉……殿と言ったか」
呼び捨てにしようとしていたがピクリと婉蓉の眦があがったことに気付き、直ぐに敬称を付け足した。
(女官風情がッ)
正直女官に敬語で話すのは気に喰わないが、彼女の纏う硬質な雰囲気がそうせざるを得ないと告げている。
そんな絳攸の心境などそ知らぬふりをしていた婉蓉は、チラリと目の前の人物の手にある桐箱に視線をやるとどこか納得し、迷っていたであろう絳攸に助け舟を差し出した。
(腐っても天つ才、ですわね)
『妾はこれから府庫の邵可様の下へと参りますが、李侍朗はどちらへ?』
「私も府庫へ向かうところだ、一緒に行こう」
迷っていたとは億尾にも出さず、相変わらず上目線でものを言う青年にどこか諦めの視線を向けるものの、絳攸は一向に気付かない。
殺気の篭った視線に気付きながらも、そのまま絳攸を府庫へと案内した。
『邵可様、失礼致します』
声をかければ、気配に気付いていた邵可が直後に現れ、笑顔で迎え入れてくれた。
後ろに佇んでいた絳攸も同様に会釈を行い、邵可に案内されるまま中の別室へと移動した。
「これを黎深様より預かって参りました」
「黎深からですか、わざわざありがとうございます」
にこやかに笑みを絶やさず、けれど中に入っている“もの”に気付きながら丁重に受け取った。
絳攸はチラリと婉蓉に視線を向けると、分っているという頷きが返ってきた。
その頷きにどこかホッとした。
そんな絳攸など気にも留めずに、婉蓉は一歩前に踏み出し、神妙な面持ちで口を開いた。
『邵可様、妾も近々ご息女・紅貴妃様にお目通りするつもりでございます
傍付き女官にも周辺には一層気を回すようにと、言付けておりますゆえ、あまり御心配なさいません様…』
そう言ってスッと拝礼を行う姿に、絳攸はこの時初めてこの美貌の女官の所作が優雅で洗礼されたものと気付いた。
(なるほど、美貌の才媛と言われるだけあって所作も頭の回転も並みの女官とは違うな…)
「そうですか、婉蓉殿が動いてくださるのなら安心ですね
どうぞ娘をよろしくお願いします
ですが、あまり無理はなさらないで下さいね
劉輝様にとっても、あなたは大切な方なのですから」
丁寧な言葉回しの裏には、“あなたも狙われる可能性もありますし、十分に気を付けて下さい。いざとなったら私が動きますから。”とも感じられた。
(出来る事ならば、もうあなたには動いて欲しくはありません…)
そう思いつめながらも誰よりも融通の利かない頑固な一面を持つ、目の前の男にどこか悲しみを帯びた瞳で見つめた。
コトリと入り口付近で人の気配を感ずいた婉蓉は、“噂の貴妃様がいらした様ですので妾はこれで”と静かに別室を去った。
その後を追う様に、絳攸もまた慌てた様子で会釈をして別室を後にした。
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