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(随分と時間を掛けてしまいましたわ…)


他の女官達を起こさぬ様に、足音を消しながらも忙しく目的の場所へと向かう。
薄っすらと月影にスラリと長い影を見つければ、婉蓉は嬉しそうに表情を綻ばせた。


『遅くなってしまい、申し訳ございませんでした』

「かまわん」


そっけない言葉だが、どこか優しさを帯びたそれに婉蓉は少しだけ頬を染めた。
ここでは人目に、と静けさに物音しない回廊から自室へと誘う。

暖かな室へと案内すれば、予め用意していた茶器を優雅に扱い、そっと目の前の人物に茶を差し出す。


「王は眠ったのか?」

『はい…ですが、やはりまだお一人ではお辛いようですわ』

「そうか」


視線を落としながら告げる婉蓉を慰めるかの様に、肩から零れ落ちた髪をそっと拭い、頬を撫でる。

ゆっくりと優しいその感触に、そっと瞳を閉じながら掌に擦り寄る。
閉じられた瞳の睫毛が月の光で影を落とし、彼女の美貌を冴え冴えと引き立たせた。


しっとりとした艶やかな美貌と、子猫の様に擦り寄る可愛らしい仕草。
どこか不安定な婉蓉を愛しく思い、そっと抱き寄せながら髪を撫でる。


「王は結局侍官を呼んだのか?」


婉蓉がここにいるという事は、同衾はしていない。
だが、未だ就寝していない王を置いてこちらに来るとは思えなかった。


『いいえ、貴妃様の室へと向かわれました
夫婦の溝を埋めると言って・・・』


どこか気まずそうに告げた。
その言葉に溜め息を溢し、これから忙しくなるなと愚痴を漏らす。


「王は期限付きとは知らないのだろう?
また面倒なことになるな」

『お二人ともまだ若うございますし、貴妃様は市井でお育ちになったとか・・・
後宮というものをよくご存じないのは仕方ありませんわ』

「相変わらずお前は王に甘い」


目を細めるその仕草に、婉蓉はどこか心苦しい様な表情を浮かべる。


(わかっております
本当はこの様に劉輝様を甘やかしては為らぬということなど
けれど…)


自身が嘗て兄から受けた愛情に縋って生きていたことを思い出せば、劉輝のことは人事とは思えなかったのだ。
ただただ、兄の愛だかが心のよりどころだったのだ。


穏やかで、優しい、けれど、とても残酷な兄の愛だけが―。





「それにしても、溝を埋めるか…」


先程の婉蓉の言葉を思い出し、随分とバカ正直な王に対して呆れてモノが言えなかった。


(全く…婉蓉の時といい今回のことといい、あの昏王は御史台に迷惑しかかけられないのか)


夫婦の溝…横にいる婉蓉と関係を持っていた王なのだから、女人がダメという事はないだろう。
だが、影からチラリとみたがあの貴妃と婉蓉では、貴妃は余りにもお粗末過ぎる。
妃としても、女としても―。


(婉蓉にしておけばよかったものを…
ま、アイツが許すわけがないが)


『あの、夫婦の溝と言っても名前を呼んでいただくと言っておられましたので・・・大丈夫だと思いますよ?』

「お前は…」


何かを言いかけて止めた。
彼女は男という生き物を理解していない。

この美貌ゆえに多くの官吏や武官達に求愛を受けてきたが、彼女はどうも男運がないようである。
藍家の三つ子しかり、劉輝しかり、今寄り添っている男しかり。


(まあ、あの兄が原因だろうな…)


「婉蓉、王が貴妃と同衾することは直ぐに知れ渡るだろう
貴妃の周辺には気をつけろ」

『はい…』


貴妃と対面することは正直嫌ではあるが、仕事となると仕方がない。
渋々ながらも、婉蓉は貴妃と対面することを決意した。






 

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