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――茶州府
由准と名乗る男の元に、幼馴染みの男から文が届いた。
国試時に知り合った友人からかと思い、嬉しそうに文箱を開けるが、差出人が誰かと知ると驚いた様に目を見開いた。
「珍しいですね……」
皇毅はともかく、アン樹から文が届くとは思ってもみなかった。
差出人の名は書かれていない。
ただ“御存知”と、記された文字と、文からほのかに香る桃の香りが、彼なのだと思った。
内容はもちろん、彼の妹の事だった。
「そうですか……とうとうあの子が嫁に行きましたか」
憐憫の篭った声色。
同時に、どこか嬉しげな表情とも取れた。
妹がずっと悩んでいた事も知っていた。
後宮を辞す前に送られた文にも、いっそ道姑にでもなってしまおうかと記されていた。
そこまで妹を悩ませ、苦しませている男を、由准は知っていた。
心の其処では反対していたが、それで妹の心が救われるならばそれもいいと思っていた。
だが――。
「あの男が、わざわざ迎えに来るとは……」
十四年前、あっさりと妹の前から姿を消したあの男。
その男が今また現れ、妹を迎えに来た。
後宮の女官長を辞し、振り落ちる縁談などにも目もくれず、攫う様にして妹を連れ去った。
その事実に、何とも藍家の男らしいと思った。
こうと決めたらどんな事をしてでも遣り通す。
いつの時代も、藍家の男はそうだった。
強運の持ち主で、色男で、女に弱い。
そして、覚悟を決めた時の強さは他の追随を許さぬ男たち。
(これであの子が幸せになるのならば……)
あの藍家の当主達なのだ。
これから自分たちが興そうとしている事を考えると、藍州にいるのが何より安全だった。
紅家ではだめだ。
紅家では、黎深では、家の事など目にも繰れず、火花を撒き散らし、そ知らぬふりを通す。
あれはそんな男だ。
「婉蓉……幸せになりなさい
憂うるものは何一つない
幸せに……幸せになりなさい」
もう二度と会えぬだろう妹を思って、彼は願った。
ふと瞼を閉じれば、愛する妹の琵琶の音が蘇える。
“お兄様、悠舜お兄様
今日はどの様なお話を聞かせて下さいますか?”
幼き日の妹の、愛らしい笑みを胸に、彼は今日も暗い影を引く道を突き進む。
――後戻りはもう、出来ない。
End...
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