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藤の花の下で、花王は一人佇んでいた。


“婉蓉の事で話したい事がある”


王からの文に、心躍らせながら王宮に来た。
けれど――。


“あれを幸せにする資格など、お前にはない!”


皇毅の言葉が脳裏を過ぎる。
分かっていた事だと言い聞かせる。

自分の所為で、彼女は何年も苦しみ続けたのだ。
そう思うと、彼女を諦めるのは当然だと思った。

彼女が来てくれているとは思っていない。
諦めろという声が、耳にこびり付いて離れない。


“あれが……婉蓉がどれ程泣いたと思っている!?”


(やっぱり、今更だったんだ……

女官長を退任する彼女を、多くの女官や官吏たちが引き止めた
籠の鳥にするなんて、無理だったんだ……)


そう結論付け、帰ろう、と踵を返そうとした瞬間。


『花王様ッ!!』


声が聞こえた。
ずっと焦がれ続けた、愛しい恋しい、彼女の声が――。


声の方を振り返れば、目に映るのは息を切らす美女。

濡羽玉の黒髪に、橙がかった赤褐色の瞳、透き通る様な白い肌。
美しい顔(かんばせ)を歪め、今にも儚くなってしまいそうなほど。


 ――花王様


自分をそう呼ぶのは、彼女だけ。
記憶の中の彼女よりも、幾分も年上で、面影も消えつつあるけれど、花王にはすぐに“彼女”だとわかった。

そして気が付けば、この胸の中に抱きしめていた。


「婉蓉……何で?どうして?」

『会いたかったのです』


腕に抱いていた婉蓉を開放すれば、自然と暁色の瞳と視線が合わさる。
待ちに待った彼女。
けれど、素直に喜びを表す事は出来なかった。


『藍州へ向かわれるのなら、妾もお連れ下さい』


あの日、告げ様とした言葉を今度は遮られる事なく紡ぐ。
だが――。


「だめだよ」

『お願いでございます、妾もお連れ下さい!』

「だめだッ!!」

『花王様ッ!』


涙を浮かべて懇願する婉蓉の言葉を、遮断するように花王は異を唱えた。
だが言葉とは裏腹に、縋り付いてくれる彼女に嬉しさを抱いていた。

そして嬉しいはずなのに、花王は素直に喜べなかった。
蠢く心の中で、暗く重い声が耳を掠める。


―連れて行ってしまえ―


もう一人の自分――。
理性を揺さぶる様な甘い囁きに、心が揺らぐ。
抱きしめる腕に力が篭る。

それでも思いとどまった。
だめだと告げる己もいたから。

そして、これまでの自分はなんだったんだ、と叱咤する。

そう、彼女は何も理解してなかった。
十四年前、何故自分が彼女を攫わなかったのか。
ちっとも理解していなかった。


連れて行こうと思った事もあった。

けれど、彼女の琵琶を聴くにつれて、彼女の内面を知るにつれて、自分の為だけに彼女を閉じ込めていいのだろうか―…。
そんな不安が付き纏った。


籠の鳥にするには、彼女は余りにも素晴らしかった。
自分一人の為に、彼女の一生を棒にふる事なんて出来なかった。

そう思ったからこそ彼女を手放した。
涙を呑んで、彼女を突き放した。

何度も後悔した。
攫ってしまえば良かった、と――。

それでも、籠の鳥になるよりはずっといい。
そう思いなおして、自分の選択は正しかったのだと必死に言い聞かせた。

それなのに……。







 

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