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「さあ、行って下さい」

『え?』


何を言っているのだ、と言いたげに、婉蓉は顔を上げた。
そして驚いた。


『…陛下…、…藍将軍…』


いつの間に、と言わんばかりに目を見開く婉蓉。
絳攸を囲む様に佇む二人に、何が何だか分からなくなった。


「今頃、あの場所でそなたを待っている」


劉輝の言葉にどういう意味だと思った。
だが、楸瑛の言葉にその言葉の意を理解した。


義姉上(あねうえ)、と御呼びする日も近い様ですね」

『ッ!……あの方が…?』


縋る様な面持ちで問う婉蓉に、ゆっくりと楸瑛は頷いた。


「きっとあの場所で、そなたを待っているのだ」

『陛下…』


喜びを抑えきれぬのか、今度は歓喜の涙が彼女の頬を濡らす。
その表情に、劉輝はクシャリと苦笑した。


「本当は、余義姉上(あねうえ)になって欲しかったのだが……想い合う男女を引き裂くなど、余には出来ぬ

さあ、行くのだ」


劉輝の言葉に後押しされる様に、婉蓉は駆け出した。
一寸、劉輝が弾きとめ様と手を伸ばしかけたが、直ぐにその手を下ろした。

彼女の幸せを願うと決めたのだ、と自身に言い聞かせて――。
その後姿を、劉輝と絳攸はじっと見つめていた。


「私が言うのも何ですが…よかったのですか?主上
それに、絳攸も……」


憐憫と申し訳なさの篭った声色で、楸瑛は問う。
泣きそうな表情の劉輝に、いてもたってもいられなくなった楸瑛は不意にそう呟いた。


「いいんだ……あの方の幸せが、俺の幸せだ」


いつもの表情で告げる絳攸に楸瑛はそうか、と溢した。
そして劉輝も――。


「余も……平気だ

婉蓉はずっと余の為に苦しんできた、だから………

それに、余は実感したんだ――運命というもの

余は、二人に運命を見た
だから、これでいいのだ!」


いつもの様に、けれどどこか哀しさを帯びた笑顔で劉輝は言った。
その言葉に嘘はない。

二人とも本心からそう告げていた。
けれど――。


ややあって、どちらともなく嗚咽を溢した。
すすり泣く二人に、楸瑛は何も言わない。
いや、言えなかった。

すまない、とも、ありがとう、とも言えなかった。
ただ、二人が泣くのを素知らぬ振りをし続けた。

兄の、いや、彼女の兄への想いを優先してくれた二人の為に――。






 

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