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『…どういう、こと、ですの…?』


“私もその一人です”


絳攸の言葉が気にかかり、伺う様に婉蓉は問う。
その仕草にクスリと笑みが零れた。


(本当に、視下にも留めて頂けなかったのだな…)


ギュッと瞼を閉じる。
分かっていた事だった。

辛くはない。
けれど、どこか寂しいと感じてしまう。


――恋をすると、欲張りになる

誰かが言っていた言葉が脳裏を過ぎった。
あれは誰の言葉だったか。
思い出すことは出来ない。

そして意を決してか、大きく息を吸い込むと絳攸は婉蓉に視線を移した。
熱の篭った眼差しに、彼女の身体にゾクリと何かが駆け巡る。


「……あなたを、愛しています」

『ッ!!』


思いもよらなかった言葉に、婉蓉は本当に驚いた。

女人嫌いの彼が恋をするなんて。
確かに恋をする様にと勧めたのは自分だった。

そして彼に想い人がいるのも知っていた。
だが、その対象が自分になるなどとは露とも思っていなかった。

慌てふためく彼女に、自然と笑みが零れた。

本当に、彼女の心に自分はいなかったのだなと思い知った。
彼女の目に、自分が異性として映っていなかった事などはじめから知っていた。

そういう風に彼女と接してもこなかった。
別に言うつもりなどなかった。

ただ、せめて知っていて欲しかったのだ。

手に入れるだけが“男”ではない事を。
人知れず、そっと想いを育み、彼女の幸せだけを願っている男もいる事を―。


「想いを受け入れて欲しいわけでも、俺を想って欲しいわけでもありません

ただ伝えたかったんです
もう二度と、会えないだろうから…

俺が、勝手に好きになったんです
勝手に惚れて、勝手に慕っているだけなんです
何も望みません

だから、だから――――」


ギュッと強く拳を握り締める。
穏やかな表情で想いを伝えようとする彼に、胸が締め付けられた。


「勝手に好きでいさせて下さい」


ハッと婉蓉の瞳が大きく見開かれた。


「幸せになって下さい

私の願いはただそれだけです
貴女の幸せが、私の幸せになのです」


ゆっくりと綻ぶ表情。
今までに見た事もない、穏やかで優しい笑み。

その笑みは覚えがあった。
そう、あれは――。


“………その、とても美しい人です

流れる様な仕草に、凛とした佇まい
決して媚を売る様な事はしません

匂いたつ様な、滲み出る様な、そんな魅力を持っていて…

ただそこにいるだけで、自然と心温まる様な……そんな方です”



彼の想い人の事を聞いた時だった。
穏やかで、まるで大切な宝物を愛でる様な表情に、彼が本当にその人を心から愛しているのだと知った。

そう、己の事だった。
次の瞬間、婉蓉の頬を涙が伝った。


こんな風に愛された事などなかった。
こんな愛し方を、自分は知らない。

これ程の深い愛に、これまで出会ったことがなかった。


そもそも、この世にこれほどまでに誠実な愛があることさえ知らなかった。
李絳攸の冷たい表情の下に、底知れぬ愛が潜んでいたのだ。

そう思うと、涙が溢れて仕方がなかった。






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