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「劉輝公子とあなたと、三人で過ごす時間が、清苑公子にとっては何よりの時間でした
あなたに好く思われていない事も知っていた彼にとっては、唯一の時間だった…」

『…ぁ…』


彼に対する感情。
恐怖とも言える想いを抱いていた事を悟られていた知った婉蓉は、不意に小さな嬌声を上げた。

優秀で、美しくて、冷たくて。

何もかも完璧な彼は、婉蓉にとって恐怖の対象でしかなかった。
仕えるべき相手に対して有るまじき感情。


「あなたがあの頃、そして今も変わらず、あの藍を纏う男を想っている事を、公子は知っていました」


ハッと婉蓉の瞳が大きく開いた。
知られていたとは思っても見なかったから―。


「あの当時、公子は心を棄てていました

けれど、その公子に“心”を取り戻させたのはあなたでした
そして、あなたの心に自分はいないと知り、涙を流させたのも、あなたでした…」


初めて語られる公子の想い。
そこには一切の悲しみも感じなかった。

ただただ、愛していた姫への想いを昔話の如く語る、男の姿だった。





彼の後姿を見つめながら、婉蓉はそっと嘆息付いた。

こんな風に想われているなんて、思っても見なかった。
彼にはずっと見下され続けているのだと思っていた。

あの冷たい、怜悧な眼差しで見つめられる度に、怖くて怖くて仕方がなかった。
けれど――。


(あの方は、妾を想って下さっていた…)


勘違いも甚だしい。
そう、勘違いにも程があったのだ。
厭われてなどいなかった。


―――愛されていたなんて


ずっと気が付かなかった。
そんな自分が莫迦みたいに思えた。


何が御仕えして参りました、だ。
何が女官だ。
何が女官長だ。


一番気付かなくてはならない感情に、自分は最後まで気付かなかった。

王と楸瑛の会話を聞くまで、王の気持ちすら知らなかった。
あの矜持の高い彼に、嘗ての辛く、哀しい頃の話をさせてしまった。

なんて鈍感で、愚かな女官長だと自分で笑ってしまいそうだった。
こんな自分に、余生を静かに過ごす資格などあるのだろうか。

今しがた彼に言われた言葉通りに――。


“今更…こんな事を言うつもりはなかった

けれど、どうしても伝えたかった
今のお前は、儚く消えてしまいそうだから…

――幸せになれ
それが、お前に恋焦れた男たちの願いだ”



彼はそう言ってくれた。
けれど、その言葉どおりになんて出来ないと思った。

自分は何人もの殿方を裏切り、傷付けて来た。
その自分に幸せになる価値などある筈がない。


「いっそ……道姑(あま)にでもなってしまおうかしら――」


小さな呟きは初夏の風にかき消され、誰の耳にも届かない。

―――筈だった。


「あなたは幸せに為らなければいけません……あなたを恋い慕う男達の願いを叶える為にも

――私もその一人です」


しっかりとした口調で告げられた言葉。
そして何より、その言葉を口にした人物に驚いた。

何故彼が…?

心の声は、言の葉となって空を舞う。


『…李、侍朗……?』






 

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