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「余は……そなたを母とも、姉とも慕っていた…」


婉蓉が記憶にない嘗ての自分に勇気づけられ様に、劉輝もまた、彼女の笑みが支えだった。

兄に出会うまで、兄と別れてから――。
永い永い時を、彼女の笑みと琵琶の音を支えに生きてきた。


「余がここまで生きてこれたのも、そなたの御蔭だ…」


嬉しそうに、けれど寂しそうに告げる劉輝。
その瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。


『恐れ多い事でございます』

「そなたは、いつも……余を、私を助けてくれた」


私、と自らを呼んだ。
その意味を奉天殿にいた多くの者が酌んだ。


「いつもいつも……助けてくれた
母からも、兄たちからも、誰からも省みられる事のなかった私を、そなただけが按じてくれた

いつも優しい笑みを向けてくれた
琵琶を奏でてくれた」


――本当に、感謝している


『勿体無きお言葉です、陛下…』


劉輝は最後まで自分に隠し続けてくれた。
妃にしたいと思ってくれたのに、本当は母や姉であると同時に、一人の女として慕ってくれたのに――。

王の(つま)に据え様と思えばいつでも出来たのに。

本当に優しい人だった。
その玉座に君臨するには、彼は余りにも優しすぎた。

彼の今後を思うと、胸が痛んで仕方がなかった。

誰と対峙するのか、何を迎え撃つのか。
婉蓉には容易に想像できた。

けれど自分にはもう時間がなくて、その手助けも出来なくて。
それがただ一つの心残りだった。

もう少し、もう少しだけ―。
そうして引き伸ばしてきた。

優しい主の傍で仕えられるのは、本当に幸せで、楽で、楽しかった。


『陛下の御世がこれからも栄達されます様、心よりお祈り申し上げます』


願いを込めて、今までのどの笑みよりも美しい笑顔を携えて彼女は告げた。




「今まで、よく劉輝を守ってくれた」


退任式の後、婉蓉は紫銀の髪の青年にに呼び出された。
彼にとっての思い出の場所でもある、あの大きな藤の木の下で。

静蘭でも、清苑でもない、ただ劉輝の兄として――。


『何の助けも出来ず、心苦しいばかりです』


彼女は寂しそうに、小さな哀愁を携えて言った。

最後の最後まで、笑みを向けてくれない。
本当に自分が彼女の心の片隅にもいなかった事を悟った彼は、少しだけ胸が痛んだ。


(思えば、彼女の笑った顔を見たのは、劉輝といる時だけだったな…)


十四年前、まだ公子だった頃を思い返してそう囁いた。
彼女が微笑むのはいつだってあの男にだけで、彼女が笑みを向けるのはいつだって末の弟だけだった。

あの父ですら、ほとんど笑った顔を見た事がないというのだから―。


「知っていましたか?
清苑公子の初恋は、あなただった事を…」

『え?』


驚いた表情を浮かべる婉蓉に、彼はクシャリと苦笑した。
その表情に、やはりと思いながら。


「初めて会った日から……そう、この藤の木の下で出会ったあの日から、清苑公子はあなたに惹かれていたのです」


瞠目する彼女をよそに、彼は淡々と告げていく。
まるで昔話をする様に、穏やかに昔を懐かしむ様に。






 

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