(2/3)



その言葉に劉輝は決心した。
自分の為に、婉蓉の退任が十年以上も延びた。

彼と(くな)ぐ為には今しかない。
婉蓉は未だに彼を想っていて、その彼も未だに婉蓉を想っている。


“劉輝様”


脳裏に浮んだのは優しい彼女の声。
穏やかで、いつも自分を包み込んでくれた。


(……婉蓉…)


小さく、けれどはっきりと心の中で彼女の名を紡ぐと、劉輝は表情を一変させた。


「楸瑛、藍家の当主と連絡を取る事は可能か?
王としてではなく、婉蓉の幸せを願う者の一人として…」

「主上…」

「出来る事なら、婉蓉とは愛する者と結ばれて欲しい
藍家の当主が今もなお婉蓉を想っているというのなら、余は二人を結ばせたい
仙洞省も、容認している」


劉輝の言葉に、楸瑛は困った様に笑った。
まるで莫迦な子とも言いたげに。


(ご自身も、未だ婉蓉殿を想っていらっしゃると言うのに……お優しい方だ)


「十日もすれば、兄が御忍びで貴陽に参ります
その時にでも」


楸瑛の返答に、劉輝はそうかと嬉しそうに、安堵の笑みを携えながら言った。
ただ絳攸だけが、どこか不安げな面持ちで佇んでいた。










執務室を退室した二人は、回廊を出て庭園にいた。
先程の事を、楸瑛はどうしても絳攸に侘びを入れたかった。


「……すまない、絳攸」

「なんだ、藪から棒に」


素っ気無い返答ではあるが、その言葉にはどこか哀愁が漂っていた。


「君が……君が婉蓉殿をお慕いしている事は気付いていた
本当ならば、協力したかった
でも――」


――兄の想い人だから…


その答えに、絳攸は(まなじり)を寄せた。
続いて、怒気を孕んだ声色で口を開いた。


「お前は俺を莫迦にしているのか?」


思っても見なかった返答に楸瑛は驚いた。


「兄上があの方を想っているならば、それを優先するは当然の事だ
それを俺が怒るとでも?

俺はそこまで狭量じゃない
それに……」


絳攸は一寸口を(つぐ)んだ。
悲哀を帯びた表情と共に――。

けれど、直ぐに表情を律して彼は続けた。
まっすぐに楸瑛を見つめ返しながら。


「それに、俺は婉蓉殿の事をお慕いしてはいるが、想いを打ち明けようとは思っていない」


意外な言葉に、楸瑛は驚いた。
彼が自身の想いを持て余していた事は知っていた。

もしかしたら勢い余って告げてしまうのでは、怪訝に思ってもいた。
なのに――。


「君は……本当に、あの方を想っているんだね」


言えなくて言わなかった自分、言えなくて、苦しくて逃げて来た自分との違いを見せ付けられた様な気がした。


「想いを返されるから想いを寄せるわけではない
あの方にお会いして、僅かながらも同じ時を共に過ごせた
それだけで、幸せだった

香鈴のこの言葉の意味を、俺はやっと理解できた

こんな想いがある事を俺は知らなかった
誰かを想うだけで、心が温かく、身体が燃える様に熱くなるこの感情を…

辛くないと言えば嘘になる
だが、きっとあの方に会わなければ、終生知る事はなかっただろう

だから、いいんだ……」


初めての恋をこんな風に受け止めている親友に、楸瑛は羨ましいと思った。
スゴイと思った。
自分は未だに吹っ切れられずにいるというのに――。


「…絳攸、君は…スゴイな……私には、とてもではないが…真似できないよ…」


涙に滲む瞳を隠しながら、楸瑛はポツリと囁く様に告げた。

その言葉が何に対するモノなのか、絳攸は知らない。
知ろうとも思わない。

ただそこに、彼が夜毎違う女人と逢瀬を交わしている理由を垣間見た様な気がしてならなかった。






 

top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -