(1/3)



劉輝は瞑目していた。
それは一月ほど前、仙洞省へと足を運んだ際に羽羽から告げられた事。

あの日、彼女の過去を知り、自分の嘗ての行動がどれ程彼女を苦しめていたのかを再度思い知らされた。
そして、彼女がどうすれば幸せになれるか、ソレばかりを考えていた。


“婉蓉姫に最も相応しいお相手、それは…藍家当主・藍雪那様の内のお一人、三番目に生を受けられた方でございまする”


羽羽の口から紡がれたその人物の名に、劉輝は一寸何を言われたのか理解出来なかった。


(…藍、雪那…?)


考え込んでいた劉輝に、羽羽は分かりやすく説明した。


「運命と言うか何と申しますか、彼のお方は婉蓉姫が心から愛し、愛された方でございます
そして十四年前、二人は男女の契りを交わさました」


その事実に、劉輝は瞠目した。


「婉蓉が…藍家の当主と?」


莫迦な、と劉輝は思った。
彼女の思い人は、六年前逢瀬を交わしていたあの男――葵皇毅だと思い込んでいた。


“泣くな、婉蓉”

“皇毅様…もう、後宮にはいられません”



彼の胸に抱かれながら涙ながらにそう告げていた光景を、劉輝は一度も忘れた事はなかった。
それは、自分の行為が彼女を苦しめていた事を突きつけられた瞬間でもあった。

だから彼が自分に膝を折らないのも頷けていた。
愛する人を苦しめ、辱め、子まで孕ませた自分を、彼が許すはずもない。

そう、思っていた――。


「本当に……本当に、藍家の当主の内の一人が、婉蓉にとって最良の相手なのか?」

(しがらみ)を捨て、彼女の、婉蓉姫の幸せを望まれるのでしたら、彼のお方が最良のお相手でございまする」


羽羽の言葉に、劉輝はそうかと憐憫に満ちた声色で告げた。





(藍家の当主…)


あの日の、羽羽との出来事を思い返しながら劉輝は嘆息を付いた。

出来る事ならばそうしてやりたい。
彼女の幸せを一番に考えるのならばそうするべきだ。

けれど―――。


自身の寂しさを孤独を思うと辛かった。

臣としてだが、今は楸瑛も絳攸も、秀麗もいる。
敬愛する清苑(あに)だって…。

それでも劉輝の孤独は消えなかった。
いや、大切な者が増えたからこそ、埋まらない自身との距離に脅え、震えた。


(……余は、婉蓉を手放せられるのか?)


今からこんな調子では、と自身を叱咤する。
彼女のいなに時間を、過ごした時以上にこれから過ごさなければならない。

彼女の幸せを願う、そう決意したばかりの自身の心の揺れに、劉輝は小さく溜め息をついた。

「どうかなさいましたか?」


それまでずっと劉輝の百面相を傍で眺めていた楸瑛は尋ねた。
秀麗の護衛に付いてから、少しずつだが表情が明るくなった。

けれど、時折今の様に憂いの表情を浮かべていた。
恐らくは…というより、十中八九婉蓉の事だろう。

彼がこんな表情をする時は、決まってこういう彼女の事だったから…。


楸瑛の問い掛けに、劉輝は何もないと小さく答えた。
だが、藍家の当主と婉蓉の関係を知った今、どうしても聞きたい事があった。
それは――。


「楸瑛は……何故婉蓉に手を付けなかったのか?」


はっと楸瑛の目が大きく開いた。
思いもよらなかった問いなのか、それとも別の何かがあるのか。

自身の問いに対する答えを待ち、ややあって楸瑛は(おもむろ)に口を開いた。


「……彼女は、兄の想い人ですから…」


小さな呟きに、劉輝はもちろん、傍らにいた絳攸も瞠目した。
藍家当主の想い人が、婉蓉である事。

それは劉輝が先月羽羽から聞いた通りの事だった。


(当主は……未だ婉蓉を想っているというのか?)


相思相愛の中だとは聞いていた。
だが、それは過去の事で今は違うと思っていた。

何故なら藍家の当主には“妻”がいるから――。


「これは藍家においての重要黄事項なので、出来れば伏せて置きたかったのですが…」


一度絳攸に視線を配り、楸瑛は続けた。

親友の想い人は兄の想い人。
その事に少しだけ罪悪感を抱いていた。

親友の初恋を、楸瑛は喜んでいた。
けれど、内心は複雑だった。

兄の事を思うと、協力したくとも出来ないから。

彼女が素晴らしい女人である事は、会う前から知っていた。
あの兄たちが手放しに褒めていたのだから。

一人は忌々しそうに、一人は哀愁を帯びながら、そして最後の一人は想いの篭った瞳を携えながら。


「妻を持ったのは長男の『雪』、あとの二人は未だ独身です

その二人の内の一人が、彼女に想いを寄せています
今も変わらず……」






← 

top

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -