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「運命、か…」


一人きりになった長官室で、皇毅は小さく呟いた。
婉蓉を慰める為とっさに口から出来てきた言葉は、なんとも彼らしくもない言葉だった。


(らしくもないな…)


自分の言葉にふと笑みが零れる。
彼女は不思議と、自分の知らない一面を引き出す存在だった。

愛は棄てた。
そう思っていた自分の心を変えたのも、また婉蓉だった。

彼女が愛する男を失った同じ頃、皇毅もまた愛する姫を失った。
もとより結ばれるとは思っていなかった。

ただ、傍にいられればそれだけで幸せだった。


「…飛燕…」


不意に零れたのは愛していた姫の名。
彼女の名を呼べば、幸せだった頃の記憶が蘇える。

飛燕と悠舜とアン樹と婉蓉で過ごした、幼き日の思い出。
幸せだったあの頃――。


「君もバカだねえ…」


呆れた物言いで姿を現したアン樹に、皇毅は今日だけは何も言わなかった。
自分でもバカだと思っていたからだ。


「旺季様に一言言えば、婉蓉もあの男よりも君を選んだのに」


彼の言葉は最もだった。
けれど、それだけはしたくなかった事でもあった。


「君はいつも貧乏くじばかりだ…」


珍しくアン樹が悲痛な面持ちで告げた。
その言葉に皇毅は否定しなかった。

飛燕の時も、旺季に言えばどうにかなったのかもしれない。
彼の姫もまた、自分の事を好く思っていてくれたのだから――。

けれどそうしなかったのは、尊敬する旺季様の為、そして彼の貴族としての矜持の為。
近々起こるであろうと予想される蝗害を解決するには、彼女を送り込むしかなかったのだ。


行くな、と言いたかった。

傍にいろ、と告げたかった。

愛している、と伝えたかった。


けれど何一つ言えないまま分かれてしまった。
もう彼女からの文すらも届かない。

そうして今また、同じ様にして愛する姫を送り出した。


(本当に…貧乏くじばかりだな)


アン樹が示唆したというのは気に食わないが、その通りだった。
貧乏くじばかりで、いつも損な役回りばかり。

幸せだったあの頃と同じ――。
旺季の三人の後継者の仲で一番優しくて、一番誠実で、一番人の心を汲むのが上手だった。


「何で早く婉蓉を迎えなかったんだい?
そうすれば、君もあの子も悠舜も私も、旺季様もみんなあの頃と同じ様に暮らせたのに…」


アン樹の言葉は、皇毅がずっと望んでいた事だった。
それでも――。


「もういい、あれが私を選ばない事など始めから分かっていた」


――あれは紫家の娘だからな

皮肉る様な口振りで告げた皇毅。
けれどその表情は穏やかで優しいものだった。



To be continue...


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