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王が朝議へ出席するようになってから、早一月が過ぎようとしていた。
自発的な発言はもとより、時には名君の片鱗を見せる言動に、臣達の王を見る目が変わってきたのは目に見えていた。

主上付き女官・婉蓉は、府庫で講義を受ける主の姿をそっと見つめていた。
講師である王の側近、吏侍朗・李絳攸に叱られながらも、勉学に勤しむ劉輝に自然と口元に笑みを浮かぶ。


『これも紅貴妃様の御蔭ですわね』


クルリと踵を返し、そこに佇んでいた人物に悠然と微笑む。
対して、その人物はどこか申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「婉蓉殿…」

『そのようなお顔をなさらないで下さいませ、邵可様
これで良いのでございます

劉輝様が“外の世界”を知る為には、ご息女は最適のお相手です
妾では、教えて差し上げられません』


スッと瞳を閉じるその姿に、邵可はどこか哀愁じみた感情を感じ取った。
それは寂しさなのか、申し訳なさなのか、それとも嫉妬なのか…。


邵可には分らないが、確かにそんな感情を垣間見たように思えた。






琵琶を掻き鳴らしながら、婉蓉は子守唄を奏でる。

劉輝は月に一度、寝所に誰も寄せ付けず一人で休む日がある。
その日は必ず婉蓉を呼び寄せて琵琶を弾かせている。


今日がその日であった。

今夜も婉蓉の優しい琵琶の音でやっと眠りへと誘われた。
ぐっすりと眠る姿を見届け、音を立てずにそっと回廊へと退室する。


『すっかり初夏ですわね…』


桜が散り、若葉が青々と茂っている木々から風の薫りが運ばれる。
それをスーッと吸い込めば、身体の中に冷たい空気が行き届く。


『そう思われませんか、静蘭殿』


宿衛の任にある、主上付き武官にそっと声を掛ければ、驚いた様にはっと表情をかえた。


「婉蓉、様…」


クスと、小さく笑った。
この紫銀の髪の青年にそう呼ばれたことが、くすぐったくてつい笑ってしまった。


(この方は昔から…)


『どうぞ婉蓉と』

「いえ、私は一介の衛士ですから」


どちらも譲らぬとばかりに、互いに見つめ合い、時間だけが過ぎる。
だが、それは直ぐに終わりを迎えた。


「うわああぁぁぁッ!」


闇を切り裂く様な鋭い悲鳴が上がった。
誰のものかは考えなくともすぐに理解できた。

何も言葉を口にせず、二人は目の前の室の扉へと踵を返した。


未だ闇に囚われ続ける、亜麻色の髪の少年を慰める為に――。







『…行ってしまわれましたわね』

「はい…」


一緒に寝るか、静蘭は抱かない、など知らぬとはいえ、最愛の兄に対しての言葉とは思えない言葉の数々を残して、劉輝は“溝を埋める”と言って貴妃の室へと向かった。


『よかった…です、わね…
近親相姦にならずにすんでッ…』


笑いを押されきれぬと掌で口を押さえながらも、涙目で告げた婉蓉に静蘭はジロリと視線を向けた。

実際笑い事ではない。
静蘭は弟に貞操を奪われかけたのだから。

静蘭はすっと目を細めて婉蓉に視線を向けた。


「いつから侍官を寝所に侍るように?」


どこか苛立った様子で尋ねてくる静蘭に、婉蓉は口を濁して返事をしない。


“お前がついていながら、これはどういうことだ?
私はお前に劉輝を頼むと託したはずだ―”



そう言われている様な気がして、婉蓉は胸が痛くなった。


「婉蓉?」


十三年前を髣髴とさせる、冷めた視線を向けられれば仕方がないとばかりに大きく息を吐いた。


婉蓉は昔から青年のこの表情が苦手だったのだ。
全てを見下す視線。

かつてこの後宮で婉蓉を見つめていたその視線にも、侮蔑の情を向けられていたように感じてしまうから―。






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