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『妾の様な者に、多大なる御心を配っていただいたにも関わらず、その一分もお返しできないのが心苦しくてなりません

ですが、心を偽り御使えする事など妾には到底出来る筈もないのです

後宮(ここ)を辞すれば、恐らくお会いする事も難しくなりましょう
どうかお健やかにお過ごし下さいませ』


小さな笑みを浮かべながら、揺るがぬ瞳で言い放った。
迷いのないソレに、奇人はゆっくりと頷き返事を返した。

そして戸惑いを抱きつつも、ポツリと口を開いた。


「あなたがあの様にまで取り乱しながらも、愛を叫ばれる男が羨ましくてなりません」


その言葉にクスリと婉蓉は笑みを溢した。

正直な人だと思った。
ふっきれた様に振舞いながらも、それでも自身が慕う男を知りたがる。

遠まわしな言い方。
けれど、その問いに答える事がせめてもの侘びなのだろう。

そう思い立った婉蓉は、表情を和らげながら小さく、想いを
込めて愛する男の名を口にした。


「その方が……」


驚きに目を見ひらきながら奇人は吐露した。
正直な言葉だった。

十四年も前に、彼女と彼の人が―。


『今でも怖いくらい、鮮明に覚えております
藤の花の下で戴いた、御情けと御優しいお言葉の数々を――』


今でもはっきりと覚えている彼の人の言葉、仕草、香り、その全てを…。
自分でも笑ってしまいます、笑って下さっても結構ですよ、と告げながらも、その表情は穏やかで温かなものだった。


「いいえ、笑いません
その気持ちは私も同じですから」


最後まで優しい人―。
そう心中で囁くと、婉蓉は困った様に笑いながら、奇人に別れの言葉を告げた。





誰もいなくなった室に佇みながら、奇人は一人呆けていた。

走る沈黙さえ、今の彼にはどうでもよかった。
いや、その沈黙が彼の心を表していた。

不意に涙が零れてきた。
久方ぶりに流れたソレは、いつぶりだったかと思いながらゆっくりとした手付きで拭う。


(ああ、百合姫からの文以来だったな…)


かつて愛した人から送られた最後の文。


“その顔の隣で奥さんなんかやってられません”


普通に接してくれた彼の姫から、自分の顔を最高の贈り物だと言ってくれた彼女からとは到底信じられなかった内容。
あの時とは異なれど、鋭い胸の痛みが彼を襲った。


「…怖いくらい、覚えている、か…」


先程の彼女の言葉を、震える声で囁いた。
彼女に告げた様に、自分も同じ気持ちだった。

彼女が邸から去った後も、彼女の香りを求めて彼女の為に用意した室を度々訪れた。
怖がらせて、脅えさせて、逃げる様に去って行った彼女に、もう一度会いたい。

そう願いながら彼女の使った寝台で夜を明かした。


まさにその通りだった。

彼女の香り、仕草、言葉、その全てを。
本当に怖いくらい覚えているのだ…。


忘れなければならない。
思い出にしなければならない。

彼女は自分のモノにはなってくれないのだから――。


(けれど、今だけは…)


流れる涙と共に、奇人は告げ切れなかった彼女への想いを一人きりの部屋で囁き続けた。






 

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