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「あなたからお声がかかるとは思ってませんでした」


仮面を纏うスラリとした体躯の男は事も無げに言った。
甘さを含んでいる訳でもないが、どこかその声に恋情が篭るのは気のせいではないだろう。


『お忙しい所を御呼び立てしてしまい、申し訳ありませんでした』


スイ、と美しい礼をする姿に、自然と奇人の瞳も細まる。
相変わらず美しい人だ、と正直に思った。

想いを拒まれたにも関わらず、また想いが募る。
それが彼女に恋焦がれた男の運命(さだめ)なのかもしれない。

そう思えてならなかった――。


『本日は、先日のお詫びを申し上げたくて…』


本当に申し訳ございませんでした。
はっきりと謝罪の言辞を告げる彼女に、奇人は仮面越しに小さく笑みを溢した。


「律儀な方だ……本当ならば顔も見たくない様な男でしょうに」


それでも彼女と面と向かいたいと思った奇人は、ゆっくりと仮面の紐を解く。
現れた美貌の(かんばせ)に蹴落とされる事もなく見つめ返す婉蓉。

その様子に、安堵の情を抱かずにはいられなかった。

神妙な面持ちで佇む姿。
憂いの(かんばせ)に、奇人の心がザワリと啼いた。

彼女が紡ぐ言葉に、本当に自分はフラれたのだと確信する。
特に哀しいとは思わなかった。

あの日、彼女の本音を目の当たりにした時から覚悟はしていた。
泣きながら愛している人がいると告げる彼女に、心底胸を打たれた。

そして自分の想いがどんなに願っても叶わない事も。

同時に、彼女がそこまで想い続ける男が気になって仕方がなかった。
あんなにまで、絶世の佳人と称される彼女があれ程までに取り乱す相手。

羨ましい、と心底思った。
十四年たっても猶、彼女はその男を想っている。

そしてその男の想いの為に、多くの男の求婚を断り続けてきた。


律儀で、一途で、頑固な人――。

奇人は彼女をそう称した。
フラれて初めて、彼女の本当の姿を見た様な気がした。

多くのモノが彼女に憧れ、心酔していた。
その中の誰が、本当の彼女を知っているだろうか。

そう考えれば、少しだけ心が軽くなった。

本来の彼女を知っている。
ただそれだけの事なのに、心がジンワリと温かくなる。


(不思議な人だ…)


奇人は正直にそう溢した。


「もう、お顔をお上げ下さい」


漂う沈黙を破る様に、奇人は穏やかな口調で言った。
いつまでも(こうべ)を下げ続けていた婉蓉に対しての、彼なりの返答であった。

彼女があの日の言葉を撤回しようとはついぞしなかった。
それが本心なのだと分かっていた。

誰かを想う気持ちは、簡単には変えられない。
奇人がそうである様に、婉蓉もそうなのだ。

だから奇人はもう分かりましたと言う返事の代わりにそう告げた。
それには婉蓉もどこか察していた。


(お兄様が仰られていた様に、本当に誠実でお優しい方…)


彼を好きになれば楽だったかもしれない。
大切に慈しんでくれて、権力に奢る事のない彼を、生涯かけて支えて生きて行ければどんなに幸せな事か――。

自身の血筋に囚われる事もなく。
彼も気に留めないだろう。


(そんな器用さがあれば、妾はもっと楽に生きて行けたのに…)


それは皇毅に対して抱いた気持ちと同じだった。






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