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 “自分は他の兄弟とは違う
 月や龍蓮の様に聡くはない
 
 雪の様に強くもない
 楸瑛の様に優しくもない”



そう言って泣きながら愛する少女を手放した事を、月は昨日の様に覚えていた。

月と花(じぶんたち)の所為で雪は自由を奪われた。
長男として生を受け、誰よりも大切に育てられるはずだった。

だからせめて、彼だけは自由に恋をさせよう。
彼に内緒で二人で決めた秘め事。

だから十四年前、そうした。
雪は知らなかった。
あの行為が藍家の男としてではなく、弟としての行動だとは。

雪が恋をした時、二人はその背中を押した。


“私たちの所為でこうなったんだ、君だけは自由に生なよ”


その言葉に雪は全てを悟った。
そしてかつての弟の行動が、自分の為の行動だった事を。


“ごめん、ごめんね……花”


そう言って泣いていた雪に、花は平気だと告げた。


“ずっと決めていた事だ
結婚するなら君がするべきだ

雪が気にする事じゃない”



そう言って、涙を流す雪を慰めた。
あの時は本心からそう言った。

けれど、藤の花が咲く度に彼女の事が思い出されて―。
雪の降る日が訪れる度に、忘れたと思っていた想いが込み上げてきて―。


月は雪の日に流した花の涙をそっと見ていた。

会いたい、会いたい、と涙を流す弟に、あんな約束をするんじゃなかったと、心底後悔した。

三つ子がなんだ、と思った。
そんなの天つ才(じぶん)が知恵を巡らせればなんの事でもない。

その時月は決心した。

もし貴陽に行く事があれば、花に行かせよう。
そしてずっと求めていた姫と――。


「いいよ、一騒動でも何でも起こしてきなよ」

「え?」

「お姫様の事、今でも好きなんだろう?」

「月…」

「私を誰だと思っているんだい?」

「月、だけど…」

「そう、天才・月様だよ?」


クツリと笑みを浮かべる彼とは反対に、花の表情はみるみる歪んでいった。
今にも泣き出しそうな程に。


「君がずっとあのお姫様の事を想っているなんて、ずっと知ってたよ

いい加減、一人でメソメソ泣かれるのもウザイから、攫って来れば?」


――そうしたかったんだろう?


「いいの?」

「良いって言ってるだろう?」

「小うるさいジジイどもは?」

「そんなの私が黙らせるよ」

「雪は?」

「多分、玉華がなんとかするよ

“愛する人と幸せになろうとしている弟を祝福できない人となんて即刻離婚です!”とか言ってさ」


彼女ならば言いそうだ、と想像しながら、花はプっと噴出した。


「だからさ、いい加減想いを溜め込むの止めな
身体に悪いよ?」

「本当にいいのかい?」

「うん、行っておいで
フラれたら慰めてあげるからさ」

「なに、それ……」


むと不満げな表情を浮かべる。
けれど、直ぐにそれは笑みに変わった。


「ありがとう、月兄上…」


俯いた顔に、一筋の雫が伝い落ちる。
兄の想いが嬉しくて、彼は久方ぶりに、哀しいわけでもないのに涙を流した。



To be continue...


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