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先日、邵可から邸へ招待された。
自分が落ち込んでいるから、という理由で。

それ程頻繁に顔をあわせてもいない邵可様に知れてしまう程、自分は目に見えて塞ぎ込んでいたのだ、と思い知らされた。


けれど、それは違った。

邵可は婉蓉に言われたから、と説明した。
その後、付け足す様に楸瑛にも、と言っていたのだが、絳攸の耳には入ってこなかった。

自分も辛く厳しい状況に置かれているにも拘らず、彼女は自分にもこんな心配りを置いてくれた。

自分がしてみろと言われても絶対に無理だった。
とてもではないが、今の自分の状況にそんな事は出来ない。

改めて、彼女の素晴らしさを身にしみて感じた。
そして悟った。

自分では彼女に相応しくなれない。
彼女にはもっと、大きな男でなければならない、と―。

そして、今また、彼女を幸せに出来るのは、彼女が長年想い続けた人だけなのだと。
自分では知る事も出来ないが、その人と幸せになれる様に、と絳攸は小さく胸で祈った。


『どなたか、お慕いする方が出来たのですか?』


言われてドキリとした。
何故こうも鋭いのか、と思った。


「な、何故…?」


どもりながら言えば、彼女はクスクスと袂で口元を隠しながら笑う。


『李侍朗が恋のお話を自分からなさるなんて、初めてでしたから
そう思えば、あなた様の恋のご相談を受けていると思ってもよろしいのかしら?』


悪戯めいた笑みを浮かべながら告げる彼女に、可愛い、と素直に思った。
そして、少しだけ、恋について話してみたくなった。

楸瑛や劉輝に言えばからかわれるだろうし、かといって邵可に言うわけにもいかない。
存外、自分にはこういった方面での相談相手が少ない事を思い知り、少しだけ寂しくなった。


「…年上の女人(ひと)なのです」


バレやしないか、と心中で鼓動が大きく打つ中、絳攸はポツリと呟いた。
次の瞬間、パアァ、と婉蓉の表情に明るさが灯る。


『まあ…とてもよい事ですわ
以前お話した様に、恋はとても素敵な事ですもの

差し付けがなければ、どの様な方なのか御聞きしても?』


その問いに、絳攸は自分でも気付かぬ程の穏やかな笑みを浮かべながら、ポツリポツリと語り始めた。


「………その、とても美しい人です

流れる様な仕草に、凛とした佇まい
決して媚を売る様な事はしません

匂いたつ様な、滲み出る様な、そんな魅力を持っていて…
ただそこにいるだけで、自然と心温まる様な……そんな方です」


大切な宝物をそっと愛でる様な表情で告げる絳攸に、自然と婉蓉の表情も釣られる様に綻ぶ。


『あなたにそんな表情をさせるなんて……とても素敵な方なのですね』

「…はい、とても……」

『その方に想いはお伝えに?』

「いいえ」


自分でも驚くほど素直に、その言葉が出来てきた。
すんなりと唇から紡がれた言葉に、絳攸はやっと確信を得た。

確信を得ると心が軽くなる。
彷徨い続けた心が、答えに辿り着いた瞬間だった。


「想いを伝えるつもりはありません
もし、この想いを伝える時が来るとしたら……それは、今生の別れの時かもしれません」


もう直ぐ目の前、春が過ぎた頃には彼女は後宮を辞す。
その時になったら伝えよう。

彼女の幸せを願っているという言葉と共に――。


『そう、ですか…』

「ええ……けれど不思議と辛くはありません
貴女が仰っられた様に、恋をして初めて知る事もありました

今まで私が億尾にも留めなかった方々…
その方々の想いを踏み躙る様な事をしてきました

今思えば、随分と酷い仕打ちを―
私の短慮な行動で、影で涙を流しされたのかと思うと、申し訳なくて…

想いに答える事は出来ませんが、せめて謝辞を述べて、私の様な者を慕ってくれてありがとうございます、と告げたいです」


苦笑を浮かべながら言う絳攸に、婉蓉の表情が曇る。
正にそれは、彼女がここ数日思い悩んでいた事だった。


『……妾も、見習わなくてはなりませんね』

「え?」

『つい先日、ある方に想いを打ち明けられました
その方の想いに妾は気付いておりました
気付いておきながら、知らぬ振りを突き通してしまいました

それに、せっかく告げて下さった想いを、突き放す様な事しか出来なくて……』


“その方の苦渋に満ちた表情が、今も脳裏を離れないのです”


申し訳なさそうに告げる。
誰だとは思ったりはしないが、その人の勇気に心打たれた。

告げない、叶う筈がない、相応しくな、と決め込んで告げないと決意した己とは全く正反対の行動をした人物を、絳攸は尊敬の念を抱いてならなかった。






 

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