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いつもの様に、昼食を取る絳攸にお茶を差し出すと、チラリと絳攸に視線を向けられた。
何か言いたげな表情ではあるが、一向に口を開かない。

こういう場合は、何も言わず相手から言ってくるのを待つ方がいいと知っていた婉蓉は特に何も言わなかった。

ややあって、絳攸は囁く様に口を開いた。


「後宮を辞す、と御聞きしました」


その一言で、彼が何を言わんとしているのかが伺えた。
何も決まってはいないが、珍しく彼から尋ねてきたという事に、婉蓉は正直に問いに答える。


『ええ……昨年の春の事で不満を抱いていた貴族たちが、嘆願書を提出したそうです
もともと妾の身分では女官長に就けませんから、猶の事です』


どこか寂しそうな、悲哀に満ちた表情で告げる。
彼女の表情に、絳攸は胸を締め付けられる様な痛みを感じた。


「辞した後は、どうなさるので?」


素直な問いだった。
彼女が兄を頼って茶州に行くのか。
それとも、奇人の想いを受け入れるのか。

自分が、とは思わなかったが、それでも彼女がどこか遠く、手の届かない所に行ってしまうのが辛かった。


『……分かりません』


囁く様な小さな声だった。

分からない、と絳攸は口ずさんだ。
彼女にも分からない事があるのか、とも思った。


『兄を頼る事は出来ません
妾が行けば兄や燕青様、州府の方々のご迷惑になりますから…』


茶州の現状を思えば、当然の考えだった。
どうなさるのですか―と問えば、クシャリと婉蓉は苦笑した。


『正直、迷っているのです
妾には身よりもありませんので、後宮から出れば頼れる人も兄だけ
けれど、兄を頼る事も出来ません

婚姻というのも一つの手なのでしょうが、妾のような年増女を誰が迎えて下さいましょうか…』

「年増だなんて、そんな…」


あなたはこんなにも美しいのに、という言葉を飲み込みつつも、絳攸は正直に言った。
慰めのつもりではなく、本心からの言葉だった。

けれど、彼のそんな行動にも婉蓉はフフと小さく笑う。
お優しい方、とも言いたげな様子で―。


『妾の年をお忘れですか?
あなたより四つも年上なのですよ』


そう言われれば、絳攸に言い返す術はなかった。
自分の所に来て下さい、とも言えない。

そんな自分が情けなくて仕方がなかった。




「あの…ッ……」


絳攸は徐に口を開いた。
ずっと聞きたかった事を、二人きりの今ならばと思い立って――。


「以前仰っていた、その……想い人というのは……」


ハッと少しだけ婉蓉の瞳が見開かれた。
彼からそんな問いが向けられようとは、微塵も思っていなかったから。


『ええ、もう十四年も前にお会いしたきり、一度も……』

「今でも、思っていらっしゃるのですか?」


正直な問いだった。

彼女を想う様になってから、ずっと気になっていた事。
時折見せる憂いの表情が、誰かを想っている様にも思えた。


『今でもお慕いしております
いいえ、あの時よりも一層強く、かの方を想っています』


そう言った彼女は、今まで見たどの笑みよりも美しく微笑んでいた。
その笑みに、本当にその人を深く愛しているのだと思い知った。

けれど、不思議と胸の痛みはなかった。
彼女に自分は相応しくないと感じていたから―。






 

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