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“行きたいなら勝手に行けばいい
お前の人生だろう、私に訊くな”



(別に何か仰って下さるのでは、と期待していたわけではないが……)


嘆息を付く絳攸の表情がいやに悲哀を含んでいた。

浮んでくるのは、忌々しいあの男のザラリとした声と笑み―。
瞬間、絳攸は拳に力を込めた。


“ご存知でしょうが、あの方気紛れで冷酷だ”


コモノとは言えど、一応官を束ねる長官なだけはある。
絳攸の一番脆い部分に間髪入れる事なく突いてきた。

是非ともソレを政事(まつりごと)で活かして頂きたいものだが、本人にその気がないのは見え見えである。


(今更だろう?
あの方はいつだってそうだ……)


欲しい言葉を貰った事など、一度もなかった。
いつも独り善がりの独り相撲でここまで来た。


(もう、限界かもしれない)


絳攸の瞳に薄っすらと涙が滲んだ。


『如何致しましたか?』


瞬間、絳攸は身を竦ませた。
仕事中に何を考えているんだ、と頭を小さく振り、ゆっくりと声の方を向いてみると、婉蓉が怪訝な表情で伺っている。。


「婉蓉殿……大丈夫です、少し考え事をしていただけですから」


小さな笑みを浮かべながら告げる。
けれど、隠そうとしてもいつもと彼の様子とは異なる事に婉蓉は気付いた。

だが彼の矜持を尊重し、何かあったのかなどとは問う事はなかった。


『一度、休憩を入れられては如何ですか?』


ニッコリと笑みを浮かべる。
反対する理由もなく、彼女の提案にコクリと頷き、静かに安堵の息を吐いた。

ボゥっと虚ろな表情でいる絳攸に、茶器を扱いながら婉蓉は小さく嘆息した。


(…紅尚書、ですね……)


彼がこんな風に悩んでいる理由など、一つしか思い浮かばない。

良くも悪くも、彼に多大な影響力を持つ人。
彼と同じ様に、尚書もまた不器用で、相手によく心の内を悟らせない人だった。

今回は今までとは少し違うな、と思いながら、芳しい香りを放つお茶を茶器に注ぐ。
どうぞ、と差し出せば、絳攸は一気にソレを飲み干した。


『御替りは如何ですか?』


ふんわりとまた笑みを向けられた絳攸は、コクリと頷いて茶器を渡した。

朧げな表情で茶を飲む姿に、憐憫の眼差しが注がれる。
それに気付かぬ絳攸は、ただじっと手渡された茶器を握り締めていた。


(邵可様に相談してみましょうか)


彼ならば何とかしてくれるだろう。
そう思い立った婉蓉は一言退室の辞を述べると、美しい所作を持って静々と室を後にした。









数日後、執務室を訪れた婉蓉は、すっきりとした表情の絳攸の姿が目に留まった。

相変わらず秀麗の護衛に出かけ、不在の劉輝に変わって仕事をこなしている様である。
けれどその姿勢や表情は、数日前とは比べ物にならない程生き生きとしたもの。


やはり、邵可に任せて正解だったな、と心中で囁いた。






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