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『幼い頃より、多くの者に(かしず)かれ、欲しい者を口にするだけで周囲の者が御前に用意してくれる

命令を下せば、誰も逆らえない
それを(いさ)める者はほとんどといっていい程いない…

高貴であれば高貴である程に、相手を慈しみ、思いやる御心に知らずにいるのです
妾が否、とお断りしても、その立場故の矜持が許さず、権力を使って手に入れようとしてきた方たちばかりでした

ですから妾には信じられないのです
高貴な身の上でいらっしゃるあなた様が、権力を行使する事無く妾の“心”を求めて下さるとは―』


告げられた言葉が、否応なしに奇人の心に突き刺さる。
返す言葉も見つからず、彼はただ其処に立っているだけだった。


『妾が、葵皇毅様をご信頼申し上げるのは、あの方が十年以上もの間、一度も権力を使う事なく妾の心を慰めて下さったからです

まだ妾が少女だった頃からずっと
そしてあの方は証明して下さいました

心を求めるという事、誰かを慈しむという事、己の言動だけで、愛するという事を――
これからもそれは変わらない、という事も…

ですから――』


婉蓉の言葉は留まった。
まるで言葉を忘れたかの様に、脳裏に浮かんだ言葉が消えうせた。

同時にある人物の顔が浮かんだ。


“婉蓉”


柔らかな藤色の声が耳元から全身を駆け巡る。

いつも藤の下で彼と逢瀬を交わした。
彼との思い出は、藤の下でと決まっていた。

初めて出会った日も、初めて名を呼ばれた日も、初めて口付けを交わした日も。
その全てが藤色だった。

いつのまにか、婉蓉にとって彼の人の声は藤色に聞こえてくる程に―。


(花王、様……)


思いがけず自分の心を知った。

忘れたと思っていた。
吹っ切れたと思ったはずだった。

けれど思い浮かぶのは彼の顔。


皇毅の下へ嫁ぐつもりだった。
ずっと傍で支え続けてくれた彼ならばきっと―。

だが心というのは正直なもの。

心を偽って、誰かと幸せになるなど出来ない。
頭に言い聞かせられても、心に言い聞かせるなど出来ないのだ。

ポタリ、と彼女の頬を涙が伝う。
頬に指を這わせれば、直ぐにソレだと気付く。

泣いていると気付くと、涙はどんどん溢れてくる。
込み上げてくる想いを抑える事が出来なくて、泣いている自分を見られたくなくて。

婉蓉は掌で顔を覆う。


「ひ、め…?」

『嘘、です』


え、と怪訝な面持ちで呟くと、彼女はまた嘘です、と言った。
顔を覆っていた掌は外され、伝う涙が頬に幾筋も線を作る。


『嘘です、嘘なんです
皇毅様の下へ行くと言ったのも、高貴な方からの想いが恐ろしいのも、全部、全部嘘ですッ』


叫ぶ様に紡がれた言葉は、どんな言葉よりも正直なもの。
いつも優雅で、艶麗な彼女の様子に、これが本音なのかもしれない、と奇人は心の片隅で囁いた。


『想う方がいるのです…
いいえ、愛しているのですッ

その方とは十四年もお会いしておりません
もう、二度とお目にかかる事も、御声を聞くことも出来ないのに、今でも変わらずお慕いしているのです!

どうしようもないと分かっているのに、愛しているのですッ!!

だからごめんなさい
あなたの気持ちに答えることは出来ません』


ごめんなさい、ごめんなさい。
泣きながら告げる彼女に、奇人の心がザワリと啼いた。

悔しい、と思った。
羨ましい、と思った。
そして、何より許せなかった。

彼女にこれ程までに愛される男が。
十四年が過ぎてもなお彼女の心に住み続け、その心を占めている事に。

自分がどんなに彼女を想っていても、この想いが届く事はない。
彼女が自分の想いに答えてくれる事はない。

突きつけられた真実に、胸が痛くて仕方がなかった。



To be continue...


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