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震える身体を隠す様に婉蓉は強く拳を握り締め、毅然とした表情を保とうと勤めた。
けれど、それに気付かぬ程奇人も愚かではない。


“やはり姫は……”


自分に脅える姿を目の当たりにして哀しくなった。
想いを伝える前から、自分の想いを袖にされたと分かったから。

こんな風に脅えさせるつもりはなかったのに。
気付かぬ振りをして、溜め込んだ想いを爆発させて。

結果、彼女を遠ざけてしまった。
誰よりも傍にいて欲しいと願った人を。


「葵皇毅から聞きました
姫は、想いを寄せられる事を恐れている、と――」


紡がれた言葉に、婉蓉は驚いた。
そして胸中で皇毅に対し愚痴を溢す。


(皇毅様も存外に御口が軽くていらっしゃる)


ホウ、と嘆息を付いた。
こんな事を知られるとは思わなかったからだ。

そして奇人とは昨年の夏だけの付き合いだと思っていたのに、と心中で愚痴を零す。
それは彼が大貴族の子息であったからかもしれない。


「あなたを脅えさせるつもりはなかったのです
けれど、私があなたを脅えさせたのは事実……」


申し訳なかった―。

鳳珠は正直に謝辞を述べ、頭を垂れた。
その言動に婉蓉は目を見開いた。

高貴な身である彼が、こんな風に素直に非を認めるとは思ってもみなかった。
確かに、貴族の子息にしてはしっかりとした観念を持っていると兄から聞いてはいたが…。


『頭を御上げ下さいませ
貴方様が妾に頭を下げるなど……』


血筋から言えば、婉蓉の方が遥かに上である。
けれど、染み付いた性根が消えるはずもなく、婉蓉は奇人に願った。


微かに人の話し声が聞こえる。
誰かが近づいているのだと分かった。

まずいと思いたった婉蓉は、近くの室に逃げ込む様に頭を垂れる彼の手を引いて入っていった。


誰もいない室に入り、シンとした空気が立ち込める。
それを厭うたのか、婉蓉はポツリポツリと語り始めた。


『誰かに想いを寄せるという事は素晴らしいことです
何故素晴らしいか

それは、“慈しむ”という事を、身を持って知る事が出来るからです
言葉ではいくらでも説明できます

けれど、感情だけは言葉に表す事が難しいのです
特にこの“愛”という感情は……』


ずっと、脅えながら生きていた。

公子たちの寵愛を受け、身に余る程の言葉を数多貰い受けてきた。
けれど同時に、公子たちの愛情の示し方は歪んでもいた。

心ではなく、身体を手に入れようとしていたのだ。
いや、公子たちは、身体と心が別物なのだと、終ぞ気付かなかった。


ただ傍に置くことが目的なのは手に取る様に理解できた。
それが女官としてであり、妃としてであり――。

名目は違えど結果は同じだった。


『妾は怖かったのです
想いを寄せられるのがではなく、高貴な方から想いを寄せられるのが――』


彼女が脅え、葵皇毅が示唆した恐怖の正体を知った奇人は、嘆息付いた。
悲哀に満ちた表情を浮かべながら、婉蓉は猶も続ける。






 

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