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『いいえ、妾は後宮を去ります
陛下にご迷惑をお掛けする訳にはまいりませんもの』


陛下、という言葉に皇毅は眉根を寄せた。

何故と、思った。
不思議でならなかった。

政事(まつりごと)に真面目に取り組み始めたとは言え、余りにもお粗末な今上に皇毅をはじめとする貴族派は呆れていた。

あんな愚王に膝を折るなど、と歯牙にも留めなかった。
それなのに、婉蓉はまだ王を案じていた。


「お前が庇う必要などあの王にはないだろう?」


語尾を荒げながらも、皇毅は言った。
変わらず憂いの表情を浮かべる婉蓉の頬をそっと撫でながら、腰に腕を回す。


『いいえ』


回された腕をゆっくりと解きながら、婉蓉ははっきりと言った。
妾は女官長なのだから、という答えを続けて――。


「王に付くというのか?」

『王に付くも何も、妾は直に後宮を辞す者……
王の為に何かする事など出来るはずもありません

ですが、王の為にならぬ事を、女官長の地位を賜った妾がしてはなりません
恐れかれ早かれ、妾は後宮を辞すつもりでした
今回の事はそれが早まっただけです

それでも、妾の為にわざわざお時間を割いて頂いて、嬉しく思います
ありがとうございます』


いつもながらの美しい所作を持って礼をすると、婉蓉は静々と長官室から退室した。





後宮の入り口まで辿り着くと、それまで押し込めてきた感情を吐露するかの様に、婉蓉は大きく息を吐いた。
そして、彼の想いに少しだけ破顔の笑みを浮かべる。


『本当に……お優しい方』


莫迦な人、とも聞こえる言葉は存外に優しく響いた。
どのみち婉蓉は後宮を去らねばならない。

そんな自分に対して、ここまでしてくれる皇毅に婉蓉は込み上げる思いを静かに言葉に表した。

自分に求婚してきたにも関わらず、最後まで自分の選択に任せる、と言動を崩さない彼に、嬉しさと感謝の気持ちを抱いていならない。


“お前が俺に対して恋情を持っていないことは知っている……まあ、気長に待つつもりだ”


言葉どおり、皇毅は気長に待ち続けてきてくれた。
この一年もの間、彼は自分に触れなかった。

来ようと思えばいつでも宮を訪れる事も出来た。
先程の様に二人きりになった時など多くあり、自分を組み敷くなど彼には造作もないこと。

だが、一度たりとてそれを実行しなかった。


『誠実を通り越して、清廉……と言った方が御似合いだわ』


彼の言動にはいつも感謝の念が絶えない。
自分がここまで来れたのも彼のお陰だと言える。

こんな自分を、彼は望んでくれている。
きっと彼なら自分を幸せにしてくれる。

縹家も葵家ならば認めてくれる。
兄も、皇毅ならばと納得してくれる。

そして胸に残る“想い”も、時と共にいつか自然と消えるだろう。
そう思うと――。


『皇毅様の所へ行くのが、一番良いかもしれない……』

「あなたがあの男を愛しているというのならば、それがいいのかもしれません」


バッと後ろを振り返れば、仮面を外した奇人がいた。
眉根を寄せ、哀しみを帯びた表情の彼は、言葉に表し難いほどに美しい。


『奇人、様……』

「ですが―――」


神妙な顔つきの奇人はなおも言葉を続ける。


「もし、そうでないのならば……考え直して下さい
そして出来る事なら、私を選んで欲しい」


きっぱりと告げられた言葉に、婉蓉は大きく目を見開いた。

同時に彼女の身体が震えだす。
何よりも恐れていた言葉に――。






 

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