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ややあって、長い沈黙を断ち切る様に、羽羽ははっきりと答えた。


「縹家や紅家から逃れる術はただ一つ、婚姻を結ばれる事でございます」


紡がれた“羽羽の答え”は、劉輝の脳裏にあったもみ消したモノと同じだった。

やはり、と心中で吐露した。
それしか道はないのか、とも思った。

どうしても手放したくなくて、手元に、傍に置いておきたくて―。
けれど、そんな事は叶わない。

返ってきた答えに、そうかと囁くような返事をした後、断念の色に満ちた息を大きく吐き出した。





“なりませぬッ!!
婉蓉殿を添い臥しの御相手になさるのは絶対になりませぬ”



十三を向かえ、“女人”というものに興味を示し始めた劉輝は、傍付き女官となった婉蓉を夜伽のの相手に指名した。

だが、羽羽はそれを許さなかった。
彼女の血筋を考えれば、簡単に夜伽を命じていい存在ではない。

妃として迎えるのならまだしも、伽の相手だけは避けなければならないと思った。
しかし、時は既に遅かった。


“嫌だ、婉蓉がいい……それに、私は添い臥しではなく夜伽を命じたのだ”

“どういう事でござりまするか?
添い臥しではなく、夜伽……もしやッ!?”



羽羽の脳裏を過ぎったのは、既に劉輝が(にい)(しとね)を済ませ、その相手が婉蓉である、という事だった。

ワナワナと震える身体を鎮め、羽羽は徐に口を開いた。

聞きたくないけれど、聞かねばならぬ事実。
傍らに侍っていた婉蓉に向かって問いただした。


“もしや………劉輝様とは既に?”


コクリ、と婉蓉は頷いた。
ああ、という言葉と共に羽羽の身体は崩れ落ちた。

ただでさえ王位争いの真っ最中であり、各々の公子達は付け入れられる急所を避ける様に婉蓉から距離を置いた。

王になり、宣旨を出せば彼女を手に入れられる踏んだからだ。
唯一争いに参加しない、何の権力も後見も野心も持たぬ公子が彼女に伽を命じるなど、自殺行為に等しかった。

だが、劉輝はそんな事はどうでもよかった。
王位争いや政など自分とは関係ないのだ。

彼の王は、はじめから決まっていたから―。


(戰華王とこれ程までに正反対とは…)


羽羽は胸中で囁いた。
多くを望むつもりはない。

けれど、ここまで劉輝が政事(まつりごと)に無関心だとは露とも思ってなかった。

これほど国が荒れ、民が餓えに苦しんでいるというのに…。

羽羽の脳裏に浮かんだのは、女人にのめり込み、政事を省みる事のなかった傾国の暗王たち。

まさか劉輝も同じ様になるのでは。
一抹の不安が媚びりついて離れない。

劉輝が王になるとは限らない。
だが少なくとも、戰華王が王位争いを行う公子たちに王位を継がせるつもりはないと羽羽は思った。

そうなると、残りは劉輝一人。
本人が嫌がろうとも、無理やりでも継がせるだろう。


果たしてこの彩雲国の行く末はどうなるのだろうか…。
そればかりが心配でならなかった。





羽羽の口から紡がれた言葉に、劉輝は自分の想いを思い知った。


“本当は…吹っ切れたなんて嘘だ

誰にも渡したくないッ
誰にも触れさせたくなんかないッ

女官長ではなく、自分の妃にしてずっと傍に………”



秀麗に対する態度も、裏を返せば婉蓉を忘れる為のもの。
秀麗、秀麗、と彼女の事を考えていれば、自然と心もそちらに向くだろう。
そう思っていた。

けれど、傾くどころかむしろ婉蓉への想いは増すばかり。

いつか、彼女は自分を見てくれるかもしれない。
王として頑張っている自分を見て、もしかしたら――。

そんな甘い夢を見ていた。
だが現実はそんなに甘くなかった。


自分の行動が、彼女を後宮から追い出し、後宮から遠ざけるものと知り、劉輝は愕然とした。

もう、どんなに頑張っても、無駄なのだと思い知った。
それが何よりも辛かった。


「やはり、後宮から出すしかないのか?」


劉輝は囁いた。
縋る様な気持ちで吐き出された言葉は、悲哀に満ちた声色。


「それが最良かと…」


(こうべ)を垂れて、羽羽は気まずそうに語尾を濁して言った。
劉輝の気持ちを、彼は痛いほどに理解していた。

欲しくて欲しくて、でも、どうにも出来なくて―。
羽羽もまた、同じ想いを抱いていた。


「わかった……そうする」


拳をギュッと握り締め、搾り出すように擦れた声で劉輝は言った。


「仙洞省として、最良の縁組はあるか?」


出来ることなら、彼女が幸せに、平穏に過ごせるように。
最良の相手とく(くな)げる様に――。

劉輝はなけなしの理性で、身体に篭る熱を押さえ付けながら問うた。
ゆっくりと羽羽の口からある人物の名前が紡がれる。


 「         」

 「ッ!?」


思っても見なかった人物に、劉輝は息を呑んだ。



To be continue...


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