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美しい昊の日の進士式を終えてから幾日が過ぎた。
進士たちは魯官吏の扱きに耐えながら、せっせと内朝を走り回る日々を過ごしている。

今年の三魁は三人とも十代だった為―傍眼は進士式を放棄―、七年前、十三年前と同じ様に、一時朝廷預かりとなった。

年若くして三元(州試、会試、殿試の全試験の主席合格者)となった杜影月は、周囲の嫉妬を買いつつも、それをサラリと交わしながら沓磨きを行っている。

一方、初の女人官吏で探花及第した紅秀麗は、侮蔑の念を浴びながらもめげる事なく厠掃除に精を出していた。






その頃執務室では、李絳攸が一人黙々と政務をこなしていた。

山の様に積まれた書簡は、普通であればやる気を削ぐ程のモノ。
だが、そこは悪鬼巣窟の吏部の副官、吏部侍朗である。

並々と盛られた書簡も何のそのとばかりに、次々と片付けていく。
傍らでその様子を見ていた婉蓉は嘆息した。


(流石は朝廷随一の才人…)


“花”や政策の事で色々と思う所もあるが、それでも彼の凄さを再認識させられた。

彼が紅黎深の義息子で、楊修に育てられた事を上げれば、当然といえば当然ではある。
だが、その彼らの教育に耐え得る程の才を、彼は持っていたのだ。


(羨ましい、か…)


フ、と笑みが口元に浮かんだ。
秀麗への羨望の思いを自覚した時から感じていた。

自分にこんな駄々っ子の様な所があったなんて―。


(妾は、官吏になりたかった…?

いいえ、違うわ
ただ羨ましいだけ
夢を、望みを叶えた彼女が羨ましいだけだわ――)


自分は女官と言う仕事に誇りを持っているのだ。
官吏になりたいのではない。

けれど、蘭の花を受け取りながら自分が王に忠誠を誓えない事はわかっていた。
血筋ではなく、彼の志向ゆえに―。


そう思うと、今の王は本当に側近に恵まれないな、と自嘲の笑みが浮かんだ。

目の前の李絳攸にしても、藍楸瑛にしても。
自分の様に、志向ゆえに忠誠を誓えないのではなく、囚われるがゆえに誓いきれない。


けれど唯一、彼女だけは違うだろう。

彼女の王は間違いなく劉輝だ。
誰が何と言おうと、彼女の王は劉輝のみ。
それはまごう事なき事実であり、真実でもあった。


(ああ………答えが出ているから、妬み嫉んでしまうのね
妾は未だ迷いを拭えていないのに、彼女は答えを導き出している)


この時、婉蓉はやっと自身の心に巣食っていた“何か”の影を掴んだ気がした。
悩んでも悩んでも、心が晴れない。

それは、自分がこれからどう生きていくのかを、決められずにいたからだった。


(悩んでいる事にすら、気付けなかったなんて…)


零れるのは自嘲の笑み。
本当に自分が情けなくて仕方がなかった。

同時に、ここ一年の間、悩んでばかりだなと心中で囁いた。


“悩む事は迷う事
迷う事は、道が多くある事

それはとても幸せな事です”



兄の言葉が、耳に残った。
悩めるだけで贅沢なのだ。
昔の様に、悩む事も出来なかった頃に比べると、自分はなんと幸せなのだと思った。






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