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“余はバカだッ!!
何故こんな大切な事を忘れていたのだ!
今朝の婉蓉の様子だって…ッ”
思い返せば返すほど、自身の愚かさに怒れずにはいられなかった。
何故こんな大切な日を忘れていたのだ、と何度も何度も自分を叱咤した。
それでも怒りは収まらなかった。
彼女が何を思って自分を見送ったのか。
こんな大切な事を忘れ、秀麗の話をしていた自分をどんな思いで聞いていたのか。
自分勝手な言動にどれほど彼女が呆れ、心痛めていたかと思うと、悔やんでも悔やみきれなかった。
「婉蓉…」
ポツリと彼女の名を呼ぶ。
もう返事をしてくれないかもしれない。
以前の様に微笑んではくれないかもしれない。
自分はそれだけの事をしたのだ。
過去を忘れ、今愛する人の事しか頭になく、嘗て自身が望んだ事であったはずなのに、叶わないと知って諦めた。
諦めたにも関わらず、それでも彼女を縛り付けてきた。
“婉蓉がいないと寂しくて生きていけない”
そう言って彼女をこの牢獄に縛り付けた。
その彼女を、今また自分勝手な感情で傷つけて苦しめた。
彼女だけではない。
生まれるはずだった我が子も、自分は忘れてしまったのだ。
忘れて、悲しませた。
今日は、その我が子の五回目の命日だというのに―。
“婉蓉ッ、本当か?
本当に、私に子が出来たのか?”
“はい、陶老師がそう仰っておられたので、間違いはございません”
穏やかに微笑みながら、彼女はそう言った。
どこか不安げに瞳が揺れていた。
子を宿すと心が陰る。
そう老師が言った言葉を思い出し、それからというものの、自分は常に彼女をそばに置いた。
“妾は暫く後宮を辞します”
“嫌だッ!!婉蓉がいなくなる必要など何もないではないか
仕事辛いならば何もしなくていい
ただ、私の傍にいてくれッ”
何度も後宮を辞すと言葉を覆さなかった彼女を説得し、自分付きの女官を増やし、彼女に何一つ仕事をさせなかった。
今思えば、自身のそんなあからさま態度が、我が子を死に至らしめたのだと理解できる。
後宮に住まう者がどんな者たちなのか、何も分かっていなかった。
生まれてくる我が子を守る為に、次代の担う紫家の子がを守る為に、後宮を辞そうとしていたのに。
そんな彼女の努力を、無駄にしたのだ。
自分の我儘の為に―。
「婉蓉…入ってもよいか?」
『どうぞ、お入り下さいませ』
恐る恐る尋ねると、中の人物は意外にも穏やかな声色で入室を促してきた。
――何故怒っていない?
本来ならば入室を拒んでも可笑しくない事をしでかしたのに、彼女は変わらず自分を受け入れてくれた。
それが不思議でならなかった。
『御政務はもうよろしいのですか?』
入室した劉輝を出迎えた婉蓉は、至極穏やかな表情でそう告げた。
それが逆に辛かった。
怒ってくれた方が嬉しかった。
けれど、彼女はそんな不敬をする人ではなかった。
この時ばかりは、己の身分が恨めしかった。
『どうぞお座り下さいませ』
事前に来る事をわかっていのだろう。
机上に用意された二つの茶器が、それを物語っていた。
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