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『…ッ、ん……ぅ…』


鈍い痛みが全身を襲う。
朦朧とする意識が、その痛みによって徐々に覚醒していくのが分かった。

薄っすらと視界に浮ぶのは、薄暗い天井。

動かせぬ顔の変わりに、キョロキョロと視線を移せば、ここが寝室なのだと理解できた。


「彩月ッ――!」


焦りと歓喜を織り交ぜた声色。
その声の主など考える間もなく、彼女には理解できた。

こんな風に、己を呼ぶのは――。


『…へい、か…』


苦笑交じりの笑みを浮かべながら、擦れた声で彼を呼ぶ。
陛下と呼ばれた男――雄掠は、今にも泣きそうな顔で彼女を見下ろした。

目の下に浮ぶ隈。

影が見える顔つき。

線が細くなった輪郭。

それだけで、己がどれだけ彼に心配をかけたか純分だった。


『ご心配を、お掛けしました…』


今度は柔らかな笑みを浮かべて、彼女は言った。
それから彼の横で己を心配そうに見つめる女人にも視線を向ける。


『…柳玉、そなたにも、心配かけた…』

「彩月殿…」


薄っすらと瞳に滲む涙が、今にも零れ落ちそうだった。
あの気の強い彼女がこんなになるほど、己は――。


『すまぬ…』


他に言葉が見つからなかった。
ゆっくりと手を動かし、胸元の傷の上に触れた。

しっかりと包帯が巻かれ、身体の感覚からすると縫われたのだろう。
柳玉が寄越した医者だと直ぐに理解できた。


(王宮の(さじ)ではこういう処置は出来ぬからな)


匙、と彼女は王宮の医官たちを指した。
別段おかしい事ではない。

匙、とは薬種を調合する時に用いるもので、それを使用するという意味で医師を匙という。
けれど、彼女は“差別”と“区別”を持って匙と言った。

手術刀を持った事も、己が治療で人を殺すのではないかという恐怖を抱いた事のない、ぬるま湯の中で生きている王宮医官たちを、医師とは呼びたくなかった。

それと同時に、王宮医官たちの医術の向上を目論んだ。

どうしたものか、と思案を耽け始める彩月に、王――雄掠はピンと彼女の額を指で弾いた。

『ッ…、陛下!?』


大した痛みもないが、怪我人である己に対してする事ではないと咎める様な口振りだった。
けれど、そんな彼女の視線と言葉な度耳の端にも効かずに、雄掠は憮然とした口調で告げる。


政事(まつりごと)の事は考えるな
そなたに必要なのは休息だ

身体を厭え、彩月……そなたは余の二の宰相だぞ」


朝賀までずっと覇気のなかった彼女をずっと心配していた雄掠は、これを気に彼女に休暇を与る。
幸い、彼女の代わりが勤まる人物が縹家から来たのだから。


「羽羽、入れ」


雄掠の言葉と共に、室の扉だが小さな音を立てて開いた。
羽羽、と呼ばれたその名に彩月は瞠目した。


(何故……、何故羽羽がここに!?)


櫛ですくこともなく残雑に編み込まれた柔らかな栗色の髪。
一年前よりも随分と背丈が伸びたが、柔和な顔つきは変わらない。

己と同じく、一の姫を誰よりも尊敬し、愛する少年。


「彩月殿…」


申し訳なさを帯びながら、クシャリと表情を歪めた彼に、彩月は何も言わなかった。
ただゆっくりと痛む身体を起こして、羽羽を招き入れた。

王が見たこともない、柔らかな笑みを浮かべて――。







 

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