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目を覚ますと、やはり闇の空間だった。
けれど、先程までは絶望しか感じられなかったはずなのに、今は希望を抱く事が出来た。
“彼女”のお陰で―。


「何を泣いているのかしら?」


またあの柔らかな声が耳に届いた。

初めてあった日から、巫女は度々蓮に会いに来ていた。
“縹家”や彩雲国について語る事もあれば、逆に蓮の“家”や“国”について語る事もあった。

けれど、大抵は何も話す事なく面と向かい合う事の方が多かった。
その間、巫女はただじっと蓮の瞳を見つめ続けた。


―――在りし日の友と同じ雷光の如き瞳を


声の方を向けば、巫女は蓮の直ぐ後ろにちょこんと座っていた。
紅い傘はきちんと畳まれ、彼女の横に置かれている。

不思議と、この暗い闇の空間の中で、彼女の姿ははっきりと見れた。
まるで、彼女自身が光り輝いている様に。


『巫女殿……巫女殿は、余程お暇なのですな
わしの様な異国の者に、会いに来られようとは』


嘗て口にした巫女の言葉―縹家にある特別な部屋―から、、自分は異界の地に来たのだろう、と悟った。
歴史や家に詳しい蓮ですら、縹家という家は聞いたこともなかった。
何より、巫女が語った話から悟ったのだ。


彩雲国―初代国王蒼玄が、妹・蒼遥姫、彩八仙と共に作りし国。

そう“仙人”と共に作った。
その言葉で十分だった。


それに、目の前の巫女姫はどこか“普通の人間”とは違っていた。
魔物ではない、けれど、人間でもない。

まるで、死した亡霊の様な、そんな印象を受けた。 
何より、彼女は亡霊と言うには余りにも“清らか”だった。


「そうねえ、いつもは眠っているのだけど、今回は中々寝付けなくってね

だからあなたに会いに来たの
あなたは本当に不思議な娘だから」

『わしにとっては巫女殿の方が遥かに不思議な存在ですな』


はっきりと告げた。
そして、巫女姫は驚きに目を見開くものの、直ぐにほっこりと笑みを浮かべた。
優雅に優る、高雅な所作で袂で口元を隠しながら。


『巫女殿、わしは“ここ”へ来てからというものの不思議な夢を見るのです』

「不思議な、夢…?」


初めて巫女姫はこれまでの表情とは変わって、目を見開き首を傾げた。
こんなあどけない所作すら、彼女が行うと高雅に見えてしまう。


(余程の高位の巫女か…)

『はい…十かそこらの幼い娘が、ずうっとこの地で佇んでいる夢を
そして、多くの者の血で手を染めながらも、逆の手で多くの者を救っておられた』


巫女殿はその娘の事をご存知か、と問おうとしたが留まった。
巫女が花の顔を歪め、悲しそうに瞳を揺らしていたから―。



ややあって、ポツリと彼女は呟いた。


「そう、あの娘の夢をみるのね…」


憐憫の篭った、哀愁漂う声色だった。
巫女はこの時全てを悟った。

巫女はいつも(えんじゅ)の神木の傍で微睡ろんでいた。
けれど時折、強烈な意志に起こされ、心を揺さぶられ、今のように“姿”を持つ事があった。


前回の時もそうであった。
七つの歳に、実の父に恨まれ、嫉まれ、厭われて、この“時の狭間”へと閉じ込められた娘。

その時、彼女を助けんと五つの幼い少年が“愛”と“根性”だけを頼りに、突き進んでいた。

何も出来ないと分かっていても、助けを請う者の声を、腕を振り払う事は出来なくて…結局、巫女は少年の前に姿を現した。
今でも彼の少年を覚えている。

後にも先にも、あんな無防備極まりない救出者はいなかったから。
そして、今回も―。


「あなた、何かふっきれたみたいね
わたしに話して御覧なさいな」


にっこりと微笑みながら巫女は言った。
その微笑は、蓮がこれまで見た事もない程、暖かで穏やかで優しいものだった。
こんな風に自分に優しい笑みを向けてくれた者はいなかった。

いや、いたのだ―。
けれど、その全てを、彼女は切り捨ててきたのだ。

自分自身でも気付かぬままに。

だが、今は違う。
今ならば、違う方法を取れる気がした。






 

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