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「縹令君」


侍官に呼び止められ、話は中断した。
席を外し何事かと問えば、仙洞官から至急お戻り頂きたいという伝言を預かってきました、と告げられた。

何かあったのだろうか、と思い彩月の眉間に皺が寄る。
恐らく、普段の彼女であればこの呼び出しがおかしな事であると直ぐに理解できた。

だが、今の彼女はいつもとは異なる判断を下した。
そのまま侍官の言葉を鵜呑みにして、彼女は王に退室する旨を伝えてその場を後にした。


(蝗害、それとも新たな疫病か…)


仙洞官たちが己を呼び戻すほどの事なのだから、と緊急の事態を予測し、回廊をせわしく突き進む彼女の姿に、ギラリと鋭い眼差しが注がれた。


――ゾクッ…


『ッ!?』


身体中に注がれる冷たい視線に、バッと辺りを見渡す。
けれど、回廊には誰もいない。

スッと瞳を閉じて視線の主を探す。
意識を集中し、己への注意力を散漫させた瞬間、強い衝撃が彩月の首筋を襲う。

後ろを振り向く間もなく、彼女の身体は力なく崩れ落ちる。
だが回廊に横たわる寸前何者かによってソレは阻まれ、気が付けば彼女の姿は露と消えた。









不思議な感覚に柳玉は見舞われた。
何かと問われれば分からないが、それでもどこか違和感を感じた。

急に黙り込んだ彼女に、雄掠はどうしたと問う。
怪訝な表情のまま無言を保つ彼女に、雄掠の眉間に皺が寄る。

同時に霄の表情にも陰りが見える。
彼もまた、不可思議な感覚に襲われた。


「二人とも、いったいどうした?」


再度問えども答えは返ってこない。
その様子に、何か良くない事を二人が感じ取ったのだと今更ながらに気付いた。


「何か……あったのだな?」


雄掠の確信めいた問いに、二人は言葉を濁しつつも何かを感じ取った事を告げた。
ポツリポツリと紡がれる言葉。


結界の揺らぎ、三本目の柱、巫女


それらの言葉を紡ぎ合わせども、雄掠には何のことなのかさっぱり分からない。
けれど、巫女という言葉にピクリと反応を示した。


「巫女といえば…瑠花姫や彩月か」

「!」
「!」


雄掠の言葉に反応した二人がバッと顔を見合わせた。


「縹家の人間……強い神力を持った人間がもう一人貴陽に来ているな?」

「はい」


恐る恐る問う霄に、柳玉はしっかりと頷いて答えた。
そして、その人物が男である事を問えば、再度彼女は頷く。


「陛下、彩月です」

「は?」


いきなりなんだと言いたげな反応だが、今の状況を鑑みれば直ぐに表情が変わった。
ガタンッと大きな音を立てて立ち上がり、侍官を呼び寄せて剣を持ってこさせる。

その少ない時間さえも苛立ちに変わり、早くしろッと雄掠の罵声が飛んだ。


「彩月が危ないだとッ…?」


唇を噛み締めながら、侍官の用意した剣を奪う様に受け取り腰に構える。


「場所は何処だ!?」


その言葉に、千里眼で彩月を探そうと試みる柳玉を、霄は怒鳴りつけて制止した。
何故止めるのです、という柳玉の言葉に、霄は尚も続けて声を荒げる。


「貴陽内で異能を使うなど、正気か!?」

「彩月殿は瑠花様の支え、貴陽の要、縹家の誇り!
わたくしの命で変えられなら十分です」


今にも食って掛かりそうな態度に、霄は驚いた。
彩月が、外の人間である彼女がここまで縹家の人間の心を占めようとは――。

今の彼女を見れば、縹家を忌み嫌う己と同じ色を冠した仙も、その考えを改めるのではと思うほど柳玉は必死だった。







 

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