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あの日から、彩月の表情は目に見えて覇気がなくなっていた。
霄は彼女が自身の身体についての自覚がそう思わせたのだとと思い、御史大夫は己の言葉が彼女を傷付けたのでは、と各々悔いている。

何とかしよう、元の彼女に戻そう、と王を始めとして画策するものの、結局は何の意味も成さない。
時だけが過ぎ、とうとう朝賀当日となった。





執務室にて時を待つ王は、ぼんやりと虚を眺めていた。

数十年ぶりに揃う彩七家。
それは、否応なしに王を緊張へと導く。


『陛下、そろそろお時間にございます』


そうか、と王は答えた。

彩月の顔から以前の様な覇気は感じられない。
だが、朝賀当日であるからか、本人もしっかりと前を見据えていた。

それでも、あの雷光の如き瞳は影を潜めている。
それが気がかりでならない。

どんな時でも強く美しかった彩月は、今は何処にもいない。

己が愛した彼女は、こんな女ではない。
己が愛し、欲し、求める女はこんな腑抜けた女ではない。

そう、思わずにはいられなかった。
思わなければ、今すぐにでも抱きしめて、誰も彼女を傷付けられぬよう、後宮の奥深くに閉じ込めてしまいたくなる。

けれど、それは雄掠が望んだ形ではない。
彼が望んだのは、もっと違う、別のものなのだ。


(彩月……わたしを失望させるなよ)


ちらりと彼女を一瞥した後、バサリと紫衣(しい)を翻して奉天殿へと向かった。





――奉天殿


古くより、多くの朝廷の正式な行事が執り行われてきた。

王の即位式、冠婚葬祭、そして朝賀。
朝賀は三大儀式の末とされるが、毎年開催されること、そして政治的意図が非常に高い事から、彩雲国の儀式の中でも最も重要視されている。

事実、王の即位式よりも冠婚葬祭よりも、朝賀に彩七家は重点を置いてきた。
政治的思惑が不可決であるため。

王の婚儀に政治的思惑もあるものの、仙洞省の監視下という事もあり、いくら彩七家と言えどもそうそう借っては出来ない。
候補を出すだけで、結局后妃を選ぶの王と仙洞省。

特に、仙洞省の攻略はかなり難しい。
国を誇る大貴族である七家ではあるが、実は今まで后妃を出した例はそれ程多くはない。


家柄だけでは后妃にはならない。
王の助けとなり、王の公子を産んだ妃こそがなれる。

国母と皇太后が別人となれば権力の分散化につながり、王家内での争いが頻発する。
王の助けと、公子の母、この二つは立后への最低条件である。

そして、后妃が大貴族ばかりではないという事実が、仙洞省が長年にわたり権威と誇りを失わなかった何よりの証なのだ。


当代令君――縹彩月も、(まいない)に関しては先代以上に厳しいと聞く為もある。

今回の朝賀を逃せば、自家が危ないと踏んだのだろう。
それが、雄掠の紅藍両筆頭の朝賀出席に関する見解であった。





王の玉座の直ぐ下、右側にて佇む彩月は、これから入殿する彩七家を今か今かと待っていた。
特に、紅藍両家当主の上洛を耳にしてから、ずっとこの瞬間を待っていた。

永きに渡り朝廷と距離を保ちつつ、それでも王を懐柔しようと企み続けて来た紅藍を従える、この瞬間を――。


「茶家御当主、御入殿にございます」


末席の茶家から始まり、武に名高い黒・白両家当主、先の雄掠王の謀反に一役買った曽外戚である黄家、先年の宝鏡の一件で名を高めた碧家。

それぞれがこの乱世にこれ程と、感嘆の息を溢さんばかりに高雅に装ってきた。
同時に、それが七家にどれ程の“力と財”が残っているかという目分量でもある。

そして――。


「紅家及び藍家、両御当主、御入殿にございます!」


一際大きく宣言された声に、それまでざわついていた奉天殿に大きな沈黙が走る。
ギイ…という音と共に荘厳な扉が開かれ、紅と藍をふんだんに使用した絢爛たる衣装に身を包んだ男が二人、歩を進めてきた。







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