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(…王の恋情が露呈しなければよいのだが)


それは当然だった。
ただでさえ、最近後宮から足が遠のき、柳猛徳を始めとする妃やその親族からは再三の要求をされているのだ。

この状況で露呈でもすれば、彼女を排除したがっている高官どもは後宮に押し込めようと画策する。
だが後宮の妃やその姻戚どもは、王の心を掴んだ女を後宮になど迎える事に反対するのが目に見えていた。

むしろ、仙洞令君でありながら王を誘惑したとか、下らん罪状を持って縹彩月の失脚を目論むだろう。

王の恋情というものは、相手が誰であれ碌な事を招かないものだ。

だが、今の状況で考えるのはこの事ではない。
彩月の身辺の方がずっと重要だ。


己の上司である、御史大夫はまだいい。
一番気がかりなのは、柳猛徳と吏部尚書。

特に吏部尚書には、後宮に関しての一件が絡んでいる。
この時期には流石にないとは思いたいが、警戒するにこした事はない、と警備に当たる人選を選ぶ事にした。






「縹長官」


そう呼び止められて振り向けば、そこには先日の朝議にて視線があった御史大夫がいた。

年の頃は三十代後半だと思っていたが、以外にも遠目からは若く見える。
四十代前半、といった所である。


「散策ですかな?」

『うむ、冷たい空気が澄み渡り、なんとも心地よいと思うての』


彩月は顔の表情筋だけで笑う事を、この朝廷に来て覚えた。

実家(あちら)にいた頃は、どちらかというと常に無表情を繕っていた記憶しかない。
最も、そういう事をする人間を八方美人、と毛嫌いていたのもあったが。


『わたくしに、何か用があったのでは?』


ここの所感じる視線。
目があっている以上、彼自身も否定は出来ない。

何より、彼が自分をどう思っているのか、それが気になっていた。
何故あの様な眼差しで、己を見つめるのか――。


「いえ、用という程ではありません
――ただ、あなた様とゆっくり話をしてみたかったのです」


「先程の後宮の件、筋は通ってます
ですが、強引な感を受けましてね」


クシャリ、と彼は笑った。
そう言われて、初めて彩月は己の行動を振り返った。

正しいと思ってやった事だった。
けれど、今振り返ってみればやはり大夫の言う通り、強引と思わざるを得ない所が処々にあった。


「仙洞令君たるあなたが、“星詠み”を行った上で偽者というのであれば、仙洞省としてこれ程確かな証拠はありません

ですが物的証拠がないままでは、御史台での処罰は難しかった
もう少し、時間を頂きたかったのです…」


そう言われて、始めて気付いた。
自分はやはり“巫女”なのだと――。

そして、己が官吏として絶対に行ってはいけない事をしてしまったのだ、と。

己が以前王に告げた様に、人は異能や神力に従うのではない。
それは祈祷や星詠みも同じで、それらに深入りして国を傾けた王は少なくはない。

星読みは確立は高いが、それが絶対ではない。
何より、星詠みを優先してしまえば政が意味を成さなくなってしまう。

“王家”は必要ではなくなってしまう。


だから貴陽入りするとき、己は誓った。
政に置いて祈祷や星詠み、異能を使わない、と。

それなのに……。


『……すまなかった』


ポツリ、と彼女は呟いた。

まだ元の世界(あちら)の頃と同じ、傲慢さが残っていた。
捨てた筈の傲慢、(おご)り、権への(おもね)り。

愕然とした。
これではあちらにいた頃と何ら成長してはいないではないか。

一族の誇りを真っ当すると口で言いながら、結局正反対の事をしていたあの頃と変わらない。
いや、新たに手に入れた力を使い、それを正当の理由としたのだからなお悪い。


「いえ、もう少し早く、わたしが縹長官に奏上すればよかったのです」


――わたしの落ち度でもあります


あなただけが悪いのではない、わたしも配慮が足りなかった。
そう告げ様としているのは分かっている。

それでも、慰められているのが情けなかった。
また同じ失敗を繰り返した事が、悔しくて仕方がなかった。


『……すま、ぬッ』


零れ落ちそうになる涙を必死に隠して、彩月は告げた。
けれど、込み上げてくる情けなさと嗚咽を留める事は出来なくて。

もう涙を隠す事は出来ない。
そう悟った彩月は、無言でその場から去って行った。




To be continue...


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