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『霄殿ッ!』


バンッ、と大きな音を立てて、執務室の扉が押し開かれた。
いつもは娟妍(けんけん)と称される優雅な所作は微塵も感じられぬほど切羽詰っている。


「どうされたのです、その様に息を乱しになって」


怪訝な表情を浮かべ、一歩一歩と近づく。
カタカタと震える唇、蒼褪めた顔色に、ピクリと霄の眦が上がる。

彼女がこんな風になるのを、霄はもちろん、後ろにいた雄掠も首をかしげている。


『……なっ…、わ…どう…』


切れ切れに呟く言葉は、唇の振るえ、喉の掠れと相俟って聞き取る事が出来ない。
けれど、この状況を思うだけで尋常ではないと分かった。

何より、王ではなく己を頼ってきたのだから、政事(まつりごと)ではなく、個人的なことなのだと分かった。


(―――もしや…)


何か思い当たる節があるのか、王に退出を願う。
一寸、何故自分だけ爪弾きなのだ、と不満げな表情を浮かべるが、彩月の様子を一瞥すると仕方がないとばかりに肩を上下させて室を出て行った。


「一体どうした…もう誰もおらん
気にせず話してみろ」


上官に対してではなく、仙人が人間に対して口にする口調で霄は言った。
それにどこか安堵した様に、彩月は口を開いた。

自分は、人ではないのか、と――。


「………」


霄は答えなかった。
何と説明すればよいのか分からなかったから。

正直を言えば、彼女が人間であるかそうでないかなど、彼ですら理解できていない。

彼女が異世界の人間で、無断で“扉”を通ったのも知っている。
本来ならば巫女になれる筈もない、その資格すらない事も、『時の牢』に現れた事によって膨大な神力を手に入れたのも知っている。

だが、だからと言って彼女が人ならざる者かと問われても、彼には何と答えてよいのか分からなかった。
こんな例は、今まで聞いた事もないのだから。


けれど、彼女が普通の人間と異なる時の流れを持っているのは分かった。
ゆっくりと、人より二倍、三倍の速さで命の砂が流れ落ちる。

それが何を意味するのかは、縹璃桜を見ていれば分かる。
けれど、縹璃桜とはまた別の何かが、彼女の中にあった。

仙人であり、何千年と時を重ねてきた彼ですら、理解できぬ不思議な存在。

それが縹彩月だった――。

何も答えない霄に、彩月はクツリと、己を嘲笑う様に口元を歪めた。


『やはり、わしは……』


――化け物と化したのじゃな


「それは違う!」


反射的に霄は否定の言葉を口にした。
それだけは違う、と言いたげに。


『では……ではわしは、どうなってしまったのじゃ…』

「……恐らくは……不老長寿…」


――不老、長寿…?


擦れた声で絞り出された声。
まさしく、意味が分からないという反応とも取れた。

けれど、続いて彼女の口から零れた言葉に、霄は目を見張った。


『そうか、不老長寿とな……それならば、よい…』


(―――よい、だと!?)


霄は驚いた。
そして、湧き上がる怒りに強く拳を握った。

不老長寿というものがどれ程人の心を蝕むか、彼女は知らない。

縹璃桜があれ程他人に関心を持たないのも、一種の自己防衛本能だ。
永い時を生きる人間にとって、誰かに心を寄せすぎれば、自己崩壊を起こす。

だから彼は己の心を守る為に、心を閉ざしているのだ。
それを――ッ。







 

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