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雪が降り積もる頃になると、貴陽の彩七区は賑わいを増しつつあった。
年の暮れが数日と迫り、当主やその名代たちが朝が出席の為に各州から上洛して来ているのだ。
その中にはもちろん、紅藍両家当主もいた。

数代ぶりに、両家当主が朝賀に出席する。

この情報に残る五家に緊張が走る。
そしてそれは朝廷も同じだった。






「筆頭両家が来たか」


王の執務室で一人、両家当主の貴陽の関を通った情報を耳にした霄はクツリと笑った。
続いて、ホウと小さな溜め息を溢す。


「彩月の雷を食らわずに済むようだな」


今回の朝賀に来なければ、間違いなく怒りの鉄槌を食らわすのが容易に想像できる。
何より、彼女は両家当主に対し朝賀の出席要請の書簡を送った。

前代未聞の所業ではあるが、彼女だからこそ成しえた、と霄は思った。
彼女が縹本家と連携し、速やかに対応したからこそ紅藍州の被害が拡大せずに済んだ。

はっきり言えば、先の蝗害や水害の功労者は彼女だ。

縹家もいち早く察して、両州に巫女や術者、物資などを送った。
だが、やはり一度“堕ちた”縹家の言葉に耳を貸すものなど、誇り高い両州の民にはほとんどいなかった。

何より、彼らは縹家を頼るよりも主家に縋った方が正しいと考えている。
その民が、縹家に助けを請う筈もない。


だから待った。
彼らがもうだめだ、と根を挙げるまで。
自分たちだけではダメだと気付くまで。

朝廷に助けを求めるしかない、と考え辿り着くまで。
それを見計らって、両州の本邸に紫紋の文と共に大量の食料が届く様にした。

これにより、両州の民の命は救われた。
同時に、筆頭名門である両家の矜持も。


流石に今回来なければ、霄も両家に対してどうするか、と考えねばならないと思っていた。
けれど、紅藍両当主の貴陽入りに安堵の息を溢した。

あの女の気性の荒さは、己と同じ様に色を冠する仙女と本当によく似ていた。
だから彼女が怒った場合の荒々しさは、容易に想像できた。


(下手をすれば、あれが原因で戦が起きかねないからな

まあ、ここまでお膳立てされて来ない方も来ない方だ……紅藍もそこまで莫迦ではあるまい)


近年まれに見る、盛大な朝賀が催されるであろう。
そう思わずにはいれず、己が見込んだ王は存外に側近に恵まれた様だ、と笑みを溢した。










「彩七家、全て揃った様だな」


朝議の末、王はゆっくりと口元を綻ばせた。

その笑みがどういった経緯で引き出されたのか、ずらりと居並ぶ百官は理解していた。
そして直ぐさま、ある人物に視線を向けた。


「またもや、お手柄でございます……流石は猊下(げいか)

『当然の事をしたまでの事ですな』


この所、彩月へと注がれる猛徳の視線が、かなり厳しくっている。
何かを起こそうとしているのか、はたまた王から耳にした己の件の発言と共に、己への王の祝辞が気に入らなかったのか。

どちらにせよ、娘の許に王の渡りがなく気が立っている今、この男には十二分に警戒する必要がある。


そんな事を思っていれば、ふともう一つ、己に注がれる視線がある事に気がついた。
視線の主を探ってみれば、己の見知らぬ人物に辿り着く。

その男の隣に座すのは、霄仲明。
つまり、男は御史台長官。

霄から何かを聞いているのかと思った。
それ程、向けられる視線が他と違っていた。


違うと称すより、別だった。
羨望、というには少し憚れるが、特に悪意はなく、むしろ己に対して好意的な感情が読み取れた。

一体何故、と思わずにはいられないが、霄から聞くには、この長官は非常に有能であるにも関わらず、御史大夫に甘んじているらしい。

家柄も黄家の直系に位置し、望めばもっと上へと上れる筈。

見るところ年齢も三十代後半。
もうそろそろ宰相位を狙ってもよさそうだった。


(特に害意がなければ、放っておくか…)


この所中々寝付けぬからか、どうも危機管理が鈍っていた。
相変わらず己の立場はよくないのだから、と気を付けてはいるが、どうにもこうにも、頭のもやが晴れない。

薬を処方してはいるが、快方には向かっているとは見受けられない。
原因も己では理解できない。

一体何なのだ、と思わずにはいられなかった。
仕方なしに、朝賀が終わった後休みでも貰うか、と自己完結した。

この時、彼女は気付いていなかった。
己に注がれる、他とは異なる別の視線に―。







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