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ゴロリ、と寝返りを打つ。
巫女が去った後、何をする訳でもなく、蓮はただひたすら眠り続けた。

真っ暗な闇の世界には一筋の光も差さぬため、時間の感覚も忘れてしまう。
けれど、体内時計に従って考えてみれば、巫女と出会った日から御凡そ一月程が過ぎたであろうと結論付けた。

それに、何をしようにも、何もなく、何も見えない。
ただそこで身体を休めるしかなかったのだ。


(まあ、今までを思えば、これくらい丁度よい休暇かもしれぬな…)


これまで、一族の再起をかけて、彼女は休む事無く昼夜働き続けていた。
嘗てはあったはずの誇りを失い、自らの保身を守る事しか考えられなくなっていった一族。


本当は分かっていたのだ。
もう何もかも手遅れなのだと。

それでも何かしたかった、いや、しなければならないと思っていた。
弱き者を救う事こそ一族の証、それこそが、“一族の誇り”なのだから。


そう信じて疑わなかったのだ、嘗ての自分は。

そんな自分を思うと、あのまま働き続けていれば過労死していかもしれぬな、と小さく笑う。





そっと目を閉じる。
ここに来てからというものの、不思議と蓮は夢を見るようになっていた。

小さな小さな、それこそ嘗て自分が捨て去ったある筈だった“幸せの象徴”と同じ年頃の少女の夢を―。


始めは暇つぶしのつもりで見ていた。
けれど、その夢が、夢に出てくる少女が、あまりにも自分と似ていたから―。

いつしか食い入るようにその少女の夢を見続けた。

彼女がどうなっていくのか、彼女はきちんと幸せになったのか。
気になって気になって、仕方がなかった。

だから今日も、彼女の夢を見続ける。
自分の未来を希望に変える為に―。


“父様、もう、あなたの時代は終わられたのです
今日より、わたくしが縹一族を率いまする

縹璃花の名において―”



小さな小さな少女は、年頃の少女へと成長を遂げていた。
今の彼女は、もう幼子だった頃の面影など露と無いけれど、##NAME1##には直ぐに“彼女”だと分かった。
力強い瞳が、“彼女”だと告げていたから。


ややあって、ふつりと夢の世界が姿を変えた。
外を見やると、大量の飛蝗が飛来していた。

農作物を始め、草木、動物、ありとあらゆる全てを飛蝗の大群が囲み、しばらくすると、そこにあったはずのものは、跡形もなく消え去っていた。
跡形もなく―。

背筋にヒヤリ冷たいものが通った。
ナニかが終わる、そんな感じがした。
それ程までに、この飛蝗の勢いは凄まじかった。

けれど、一人の玲瓏な声が響き渡った。
“彼女”だった。


風を読め、空を読め、気候を読め、土地を読めッ!
全てを計算に入れて対処をするのじゃッ”



いくつもの幾何学模様が“通路”となって、彼女の後ろで淡く光り、開かれていた。
彼女が発した言葉と共に、その向こうにいる全ての者たちに、威厳に満ちた沈黙が走る。

そして、彼女の言葉に威厳に満ちた沈黙が走り、彼女の行動に敬意を表すように、多くの者が跪拝した。


縹家は神事の一門なれど、そは本質にはあらず
古の槐の制約よりか弱き者の擁護者、最後の砦こそが我らの存在意義じ

誰であろうと、助けを請う者の手を振り払う事はまかりならぬ
それこそが、縹家が縹家たる誇り、絶対の不文律である

縹璃花の名において命ずる―
縹一門及び縹家系全寺社の門を開けよッ

人里に降り、人を助けるのじゃ
そして……縹家の誇りを、忘れるでない”



ブルリと、蓮の身体が大きく震えた。
全身の血管という血管が開き、ドクリと音を立てながら血潮が沸騰する感覚が襲った。

気分が昂揚するというのは、こういう事を言うのかもしれない。
興奮冷めやらぬ蓮の脳裏に、そんな言葉が浮かんできた。


―ポタリ―


気が付けば、涙が頬を伝っていた。
音を立てる様に、次々と大粒の涙が零れ落ちていく。
悲しいわけでも、苦しいわけでもない―。

そう、これは……歓喜の涙―。


『こん、なッ…こんな方が、いらっしゃったなんてッ…』


止めどなく流れる涙。
けれど、蓮は一切拭おうとはしなかった。
自分が望んでいた、一族のあるべき姿を、誇りを、“彼女”に見たから―。






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