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『陛下、わたくしは紅藍が許せぬのです』


瞬間、彩月の形相は一変した。
ギリッと唇を噛み締めながら吐き捨てる様に、雄掠はブルと背筋を凍らせる。


『縹家の先代の頃、紅藍はそろって朝貢しました
はっきり申しますと、がっかり致しました

紅藍だけは“癒しの力”に群がる事はない、と
そう信じて疑わなかった

王家にすら膝下に下らぬ両家が、いとも簡単にあの馬鹿馬鹿しい力の前に膝を折ったのです

政事(まつりごと)に率先せねばならぬ両家が、在ろうことか我先にとあの力を求めた
揃って貢物をする貴族たちを、両家が諫めねばならぬというのに

人は異能や神力に従ってはならぬのです
人は、人の誇りに、志に従うべきなのですから』


――人の誇り、志に従う


それを聞いて、雄掠は縹瑠花を思い浮かべた。

先代当主の娘にして、現・大巫女。
腐敗した縹家に大鉈を振るい、その底知れぬ神力をもってして、歴代有数と称されている少女。

まだ会った事はないが、雄掠は瑠花に対して好感を抱いていた。
父と同じ類まれな神力を持っているにも関わらず、一度たりとてそれを私情に使う事無く、縹家の誇りを持って縹家を再興させた。

男女問わず学問を奨励し、多くの優れた術者、巫女、医師、学者を世に輩出した。


――心を打たれた。


こんなにも若い、いや幼い少女が、これ程の事を成し遂げた事に。
彼女に感化されて、先王に謀反を企てた。

それまで、父の無念などを考えて奮起しようと思った事など一度もなかった。
先王や先々王に冷遇されたわけでもない為、今のままでもいい。
そう思っていた。

だが、先王の愚行は目に余るもので、流石に雄掠も腹が立ってきた。

元々、己に王としての才覚があるとは思ってない。
それでも、あんな男が王であるならば、と。

そして、瑠花の様な少女ですら、誇りと志を持って上に立っていたのに、何もしない自分が酷く情けなく、ちっぽけな存在に思えた。

だから、立った。
王になろう、そう思った。

同時に、何故初対面から彩月を気に入ったのかと己に問う。

容姿も、雷光の如きの眼差しも、清廉潔白な性格も、その全てが彼の好みでも合った。
だがそれ以上に、縹瑠花という人間に対する感情が同じだから。

だからこそ、彼女に信を置いた。
それは、自分を信じているからこそ。



そして今又、己は男として彼女に想いを寄せている。

彩月の性格や眼差しや、容姿に魅入ったのではない。
彼女が初めて見せた、あの柔らかな笑みに心奪われたのだ。

同士として彼女を信頼し、男として彼女を愛する。
己にとって縹彩月という女が、どれ程重要な存在であるかを思い知る。

たった一人が出来れば、そのたった一人の為に多くのものを犠牲にする。
だからそのたった一人は作らない、と決めていたのに。


(人の想いとは、上手く行かぬものだな…)


クシャリと笑みが零れた。
王について一番初めに決意した事が、一番先に砕かれるとは。
全く、己の女運も随分悪いなと思うしかなかった。





「時折だが、思うことがある

お前が男であれば、縹家の者でなければ、と…」


彼女が男であれば、こんな風に想う事もなかった。
彼女が欲しいと、彼女に触れたいと、思う事もなかったのだ。

彼女がただの姫であれば、直ぐに後宮に召し上げられたのに。
巫女を愛してしまったが為に、その想いに苦しむ事もなかったのではな、と。


『もしわたくしが男で、縹家外の者であれば…

恐らく、終生、陛下のお顔を拝見する事もなかったでしょうな
わたくしは、女に生まれてきたから、こうなれたのです

いえ、たとえ女に生まれてきても、縹家外にいれば、こうなる事もなかったでしょう

ただの女であれば、今頃春を(ひさ)いで、落ちぶれていたでしょうな…』


くしゃり、と彼女は笑った。
まるで泣いている様にも思えて、それが一層雄掠の胸を熱く、そして押し潰す様に啼かせた。


「……そうか」


どうあっても己と彩月の運命が交じり合う事はない。
そう思い知らされた瞬間、雄掠は無性に泣きたくなった。

滲みそうになる涙を必死に隠し。
ただ颯爽と紫衣を翻して、回廊を突き進んだ。


その後、自分がどうやって執務室に戻ったのかは覚えていない。
ただ胸の痛みだけが、身体中に浸透して止まなかった。




To be continue...


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