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「何か御気に触る事を申し上げましたかな?」


莫迦正直に問う。
王は存外、こういう性格の者を好む。
その最たるが縹 彩月である。

あの女の真似をするのは癪だが、王の信を得るにはこういう事も必要だと心得ていた。


「いやな……彩月にも同じ問いをしたのだが、全く正反対の意見を述べたのでな」


クツリ、と唇に指を這わせながら笑う。
その仕草が嫌にあの女に似ていたからか、不意に猛徳の眉間に皺が寄った。

王はまた笑った。
今度はフ、と柔らかな微笑。


「何か?」


更に眉間の皺を寄せる猛徳に、王は笑みを一層深くして口を開いた。


「お前がそんな風に表情を変えるのが珍しくてな

やはり誰かと比べられる、いや、この場合は彩月と比べられたのが気に触ったのか
まあ気にするな、詮無い事だ」


告げるだけ告げて、王は颯爽と踵を変えした。
それを今度は猛徳が引き止めた。


「縹令君は、陛下の問いになんと答えられたのですか?」


横顔しか伺えない雄掠は、見えない反面で口角を挙げて笑った。
やはり、と思ったのだ。

この男が彩月に対して、何らかの感情を抱いている、と――。

それが自身と同じ感情なのか、それとも他の百官共が抱く様に、嫌悪の感情なのかは分からない。
だが、つくづく男を捉えて放さない女だ、と思えてならなかった。


「引き摺ってでも、朝賀に参列させる

あの女はそう言った」


そう言って、紫衣(しい)を優雅に翻しながら颯爽と回廊を突き進んでいた。
残された猛徳は、彩月の言葉を口遊(くちずさ)み、呆然と回廊に立ち尽くしたまま。






『また余計な事を仰りましたな』


細められた眼差しに、雄掠は自然と笑みを浮かべる。
この女のこの目が好きなのだ。

射る様に鋭い、雷光の如き眼差しが。


「別によかろう
それに、私自身もお前の言葉には驚かされた
あの紅藍相手に、引き摺ってでも、と口にする者がいようとはな」

『当然ですな』


間髪入れぬ返答は、実に彼女らしい気概に満ちたものであった。
語尾を荒げて続けて放った言葉は、突き進む回廊に木霊せんばかりにビリビリと身体に響き渡る。


『先の長雨と蝗害により、藍州と紅州の穀物はほぼ全壊
二大穀物庫である紅藍両州が全壊となれば、国中に食料が足りなくなるのは必然

故に、あの気位の高い紅藍が朝廷に助けを求めて来たのです
陛下はわたくしを通し、縹家に備蓄食料の開放を求めて今回の蝗害を乗り切りました

己たちが苦しい時だけ助けを求め、復興すればまた許の様に傍観など、傲慢の愚

都合の悪いときだけ彩雲国の民面する様なものは、朝廷にも国にも不要
此度の朝賀に参列せぬ場合は、不穏分子として、また王家に対する不敬と見なし厳重な処罰を下されるがよいでしょうな

彩七家、及び縹家はある大事な役目の為に、今まで何度も難を逃れてまいりましたが、それとこれとは話は別
時には見せしめをせねば、王家の基盤が揺るぎまする』


この言葉には、流石の雄掠も溜め息が零れた。
さしもの雄掠ですらこんな風に紅藍を称す事は憚った。

豪腕、というか何と言うか。
流石は稀代の大巫女と謳われる縹瑠花の右腕なだけはある、と心底思った。


「……もし余が、紅藍に向けて兵を向ける、と勅命を下すならば、お前はそれを許すのか?」


戦わずして民を守る、という信念を持つ縹家の巫女たるお前が、許すのか。
雄掠は言外にそう問う。


『戦は出来る事ならば避けたい所

もし来ぬ場合は、わたくし自らが引き摺ってでも陛下の前に頭を垂れさせましょう
助けてもらったにも拘らず、礼の一つも述べられぬ様な者に筆頭が勤まるはずもないッ』


怒り心頭、と言うべき程に眼差しを強めて吐き捨てた。
それでも、戦はさせぬと述べる彼女に、雄掠はまたしても思った。

彼女がいてくれてよかった、と――。







 

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