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「新たに後宮に迎えた姫君方とは如何ですかな、陛下」


朝議の後、執務室へ戻る王の一歩後ろを歩きながら、中書令・柳 猛徳は柔らかな笑みを携え問う。

己の娘は、とは言わない辺りがこの男らしい。
だからこそ、中書令まで上り詰めた。


「まあまあ、といった所だな…」


そっけない王の返答に、猛徳は一寸表情を顰めるが、直ぐにまた笑顔の仮面を貼り付ける。

猛徳の娘・晶玲は入宮にわたり、王より九嬪(きゅうひん)の内の修援(しゅうえん)を賜ったが、それが気になって仕方がなかった。

皇后、四夫人に次ぐ高位に位置する九嬪。
己の娘も長姫ではないが、正妻腹の三の姫。

てっきり九嬪の長でもある、昭儀(しょうぎ)を賜るのだと思っていのだ。
事実、彩七家・四門家を覗く貴族でも上位に位置する柳家で、中書令である己の娘なのだ。


昭儀どころか四夫人―末の賢妃―にもなれるというのに。


流石に王が即位前から連れ添っている妃たちを押し退けろとは言えなかった。
けれど、その四夫人にも負けず劣らずの娘が昭儀すらなれない。

王は一体何を考えているのだろうか、と思えてならなかった。


これが同じ時期に入宮した他の貴族の娘も同様であれば何も言えない。
だが、己より下位に位置する家、父母の身分もそれ程ではないある姫は、始めこそ二十七世婦の一つ、“才人”を賜ったが、王に気に入られ入宮後一月で九嬪に昇格された。

己の娘の直ぐ下の修容(しゅうよう)

これには流石の猛徳も怒りを隠せなかった。
聞けば、娘の許には入宮後の初夜以降、一度も王の渡りがないらしい。


王の寵愛を得ようと、猛徳は様々な者を入宮した娘に贈った。

簪や衣装、香や書物、楽器に始まり、果ては媚薬まで。
何とかして、王の関心を得て、娘の懐妊を願った。

だがここ一月余り、王が娘の許に渡ったのはたったの一度。
それ程までに娘が気に入らないのか、と苛立ちは募るばかりである。


「今はまだ政務に勤しむ頃だ…彩月も何とかして、とは言わなくなったからな

もうじき朝賀があるからであろう
それが終えれば後宮にも行く」


王の言葉は最もだろう。
王の後宮にまで口出しする権利は猛徳にはない。

何より、彩月を引き合いに出されては、口を噤む他なかった。
ここで口を出そうものならば、姻戚を盾に横暴を働く、と評されかねない。

そして、この王は姻戚による政治介入を嫌がっていた。
尚書令になる為には我慢するしかない。


「そうですか…確かに、今は陛下の御世初の朝賀の方が先決

陛下はまだお若くていらっしゃいますので、世継ぎはいずれ時間が解決いたしましょう」


ニッコリと人好きのする笑みを浮かべて、猛徳はそう言って静々と下がっていった。


「柳中書令」


踵を返し、中書省に戻ろうとした猛徳を雄掠は呼び止めた。

ゆっくりと振り向けば、王は口元だけで笑みを浮かべた。
笑わぬ瞳に、猛徳は一寸背筋に悪寒を感じた。

王のこの笑みが、猛徳は何故か恐ろしかった。
何か恐ろしい事を企てている様な、そんな気がしてならなくて。


「紅藍は来ると思うか?」


意外な問いに、猛徳は瞳を見開いた。
だが直ぐに苦笑を滲ませる。


「わたくしからは、来るのでは、としか申し上げる他なりませんでしょう」


そう、王の朝賀に紅藍が来るか、という問いに臣が、来ない、という返答が出来るはずも無い。
何より、この王の政事(まつりごと)への姿勢を思えば、来る確立の方が高い。

だが、今までの歴史を振り返ってみれば、紅藍両家当主が朝賀に臨席した前例は少ない。
来るのでは、という期待を抱くしかなかった。


「……そうか」


がっかりした、という印象を受け取れる返答に、猛徳は怪訝に思った。
何か王の気に触ったのかと少し狼狽するものの、やはり表情こそ表さない。

それがこの男の長所であり、同時に短所でもあった。
何を考えているか分からない様な者を、誰が気の置けない臣とする筈もない。







 

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