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『あ…ありがたきお言葉…ッ』


ハッと我に返った彩月は、しどろもどろに答える。
その様子に、王はやったとばかりに笑みを深めた。

けれど、その笑みを彼女への信頼の証ととった官吏たちは焦り始める。

特に、彩月の席の対面に座す柳猛徳は、ギリと唇を噛み締めている。
握る拳も痛々しいほどに白くなっていた。


(大儀、だと…?
王が即位して以来、誰かに向けて告げた事は一度もないッ
それを……あの目狐が!!!)


射殺さんばかりの怒気がありありと瞳を通して彩月に注がれる。
いつもなら気付くものの、官吏たちは雄掠の言葉に驚き呆けたまま。

何より、百官たちも王の言葉には焦りを抱かずにはいられない。
王の“大儀”という言葉が、それ程のものなのかを彼らは身にしみて知っている。

その言葉をを得る為にどれ程の事をしてきたのかも――。


それを、入朝して一年も満たない、しかも女の令君に向けられたとなれば、彼らも黙っていられない。
この言葉を皮切りに、これまで抱いていた彩月の不満が大きく増したのは事実。

嫉妬と憎しみの感情が、彼女に注がれる中、朝議は閉会した。










『最後のあれは一体何の御つもりでございますか?』


執務室に戻った雄掠を待っていたのは、彩月の怒気を孕んだ声だった。


「彩月……何を怒る必要がある?
お前の働きに私は大いに感服している

先代ではとてもでは出来なかったであろう」


己の戴冠式を取り仕切った老齢の令君を思い出しながら雄掠は言った。
落ち着いたと言えばよいが、あれは今までの冷遇に息を潜めるように生きていた男の気の弱さとしか言いようがなかった。

あのままあの老令君が任官していれば、今回の事は露呈しなかっただろう、と思った。

そう考えれば、雄掠にとって彩月の任官はありがたかった。
正直に、心からそう思えた。

手駒の少ない今の現状に置いて、宰相位を持つ彼女の存在が鍵を握っているのだ。
いかに王といえども、入内する妃を自ら選ぶ事は出来ないのだから。


「心からそう思っている

彩月、お前がいてくれてよかった」


ふわり、と今までにない程の穏やかな笑みを浮かべた。
その笑みに、不覚にも彩月は目を見張った。

こんな風に笑う男だとは思っても見なかったから――。
続いて、彩月の胸に、言い様のない喜びが溢れてきた。

かつて守りたかった少女にでも、敬愛する瑠花に言われたのでもない。
誰にでもない、この王にそう言われたのが嬉しくてならない。

嬉しさに、思わず彼女の表情も綻ぶ。
花も恥らう彼女の美貌をさらに引き立てる、柔らかな微笑み。


『そのお言葉が聞けて何よりです、雄掠様』


――ドクンッ…――


まるで愛を囁く様な甘い声。
陛下ではなく、己の名を呼んでくれた。

にっこりと微笑みながら紡がれた言葉は、雄掠はある兆しを落とした。

甘い疼きに似た、ほろ苦い胸の痛み。
今も逸る胸の鼓動と、つられて頬は熟れた果実の如く紅く染まる。


そっぽを向き、ただ、そうか…、と囁くだけ。
不可解な感情に、彼はそう反応する事しかできなかった。

けれど、王の言葉に喜色があせる事もなく、彩月はもう一度笑みを浮かべて静かに室を退室した。


パタン、と締められた扉の音に促される様に、雄掠は重い溜め息を吐き出した。
熱の篭る己の頬に指を這わせれば、じんわりと指先にも熱が伝わる。

この感情が何なのか、雄掠は知っている。
今までも気付いていた。

けれど、この想いに溺れる事はなかった。
彼女との距離が、駆け引きが、言葉遊びが楽しくて仕方なかったから。

今のままでいい、とそう満足していた。

だが、この逸る胸の鼓動と身体中を駆け巡る甘い疼きを知ってしまった今、彼に(あらが)う術はなかった。


「彩月……私は――」


紡がれた先の言葉は、誰も知らない。
季節は秋。

庭園の木々の葉が赤く色染める頃、この主の心もまた、色に染まる。




To be continue...


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