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「お手柄でしたな」


男の処刑の翌日、朝議にて、中書令・柳 猛徳は開口一番にそう告げた。

特に感情も受け取れない。
だが、残った妃候補の中に己の娘が混じっている事を考えれば、内心ほくそ笑んでいるのは確かだろう。


『手柄も何も、当然の事をしたまでですな』


当然の事して手柄も何もない。
それを手柄と言うなど、頭が可笑しいとしか言いようがなかった。

けれど何を言うまでもなく淡々と彩月は事後報告を口にする。


『最後に、わたくしから報告させて頂きたい事があります』


令君席から立ち上がり発言すれば、待ってましたとばかりに一斉に百官の視線が彩月へと注がれる。
その視線に臆する事もない彼女はケロリとした表情でそれを受け止める。


『大方皆も知っておられようが、正式に陛下の後宮へ入内する姫君が決定した』


ゴクリ、と嚥下する音が聞こえた。
娘を候補に差し出し、最後まで残っていた官吏たちは気が気でなかった。


『まずは、中書令・柳 猛徳殿のご息女、柳 晶玲(しょうれい)姫』


その名が紡がれた瞬間、猛徳の瞳が喜色に染まった。
表情にこそは出さなかったが、流石のあの男でも喜びは隠し切れなかったようだ。

それをただ一瞥した後、残り三人の姫の名を挙げた。

残りの三人は、柳家の姫・晶玲に比べれば身分は低い。
授けられる妃品は、精々二十七世婦のいずれかだろう。

九嬪を賜るであろう晶玲姫からすれば、寵愛を簒奪される心配はないだろう、と猛徳は歯牙にも留めなかった。


だが、猛徳は忘れていた。

後宮にいる王の妃は皆九嬪――正二品上――を授けられた高貴な妃たちである事を。


そして、猛徳は知らなかった。

既に王に世継ぎがいる事、そしてその生母が、紫四門が筆頭・旺家の姫である事を。



『以上四名、姫君方の速やかなる入内をお願い致す

現在陛下の後宮には皇后陛下も女官長もおられませぬ故、妃品の授与は陛下が行って下さることを願っております

陛下の御代においての初の入内でございますれば、姫君方も陛下直々の宣旨はこの上ない喜びとりましょう

また自らの(つま)になる姫君方のお顔を身近で御覧になるよい機会でございます』


この発言には、皆嬉々として進め出た。
特に、娘の容貌に自身のある官吏たちはこぞって彩月に便乗した。

可能ならば御披露目変わりに陛下にその容姿を見初められれば、と思っているのだろう。
だが、その官吏たちは王の容姿の事をすっかり忘れていた。

雄掠が男にするには勿体無いほどの美丈夫であり、彼の傍にいる彩月も滅多に見ない美女である事を――。

毎日己の顔と彼女の顔を見ていれば、大抵の美女には素通りする。

だからか、彼は彩月が入朝してからの後宮の渡りが減っていた。
それが彼女が原因である事かと問われれば、答えは微妙なものではあるが、渡りが減ったのは事実。

王の世継ぎに関する事だった為彩月が知らぬ筈もないが、己が原因となっているとは露とも思っていないだろう。

後にこの事が紫雄掠の人生を大きく狂わせる事となる。





結局王は、官吏たちに押し切られるように宣旨を下すという事が決まった。
嫌々そうな表情ではあったが、今まで後宮を放ったままで蔑ろにしてきたのだからという彼の弱みもあったのだろう。

チラリと彩月へと視線を向けるもの、彼女の表情はいつもと変わらない。
それに苛立ったのか、少しだけ雄掠の表情がむくれた。

子供の様に少しだけ唇を前に突き出す様に、彩月の口角が少しだけ上がった。
けれど、ソレに気付いた者は誰もいない。

唯一人、笑われた本人である彼だけが気付いた。

まさか気付かれたとは思わなかったらしく、反撃とばかりに雄掠は口を開いた。


「彩月、大儀であった」


その瞬間、ザワザワと声が上がっていたその場にシンとした静けさが広がった。
官吏たちは王の口から放たれた言葉に、驚いたまま固まっている。

その言葉を向けられた彩月も、同じ様に目を見開いた。
ただ雄掠だけが、ニヤリと笑っている。

してやったり、と言わんばかりに――。







 

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