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『さて…何故ここにいるのか、分かっておろうな?』


彩月は大きな椅子に身体を預け、白魚の如き御手で煙管をくるくると回す。

その前に仙洞官によって押さえ込まれ(ひざまず)くのは、先日の朝議での彩月の言動に唇を噛み締めていた男。

己の娘と偽り、何処の誰とも素性の知れぬ女を、あろう事か王の後宮に納めようと画策していた中級官吏。

朝議の数日後、男はその件で仙洞官より捕らえられた。
御史台が動くよりもずっと早くに。


男は何も答えない。
ただじっと彼女を見上げ、射殺さんばかりに睨み付けている。

その視線に臆する事なく、彩月はニヤリと笑みを貼り付け、煙管を吸い、大きく息を吐いた。
形の良い艶やかな紅い唇から吐かれる白い煙。

その様はまさに婉然と称す程に婀娜(あだ)めており、男はゴクリと音を鳴らしながら嚥下(えんか)した。


『答えぬか…』


問うのではなく、ただ状況を告げる言葉。
それでも、目の前の跪く男を咎める様な口振りに、男はピクリと身体を竦ませる。


『いかにわしに対して不満を抱こうが、わしが仙洞令君である事はま紛う事なき事実

わしの力量を誤った貴様が愚かなだけじゃ』


クツリと嘲笑を浮かべれば、男はギリと唇を噛み締める。
そう、彩月の言葉どおりだった。


いかに縹家が女系一族であろうと、女の令君など認める事など出来なかった。

女というものは男に粛々と仕え、子を産み、育てる存在。
決して男の上に立つ様な存在ではない。

そう思って疑わなかった。

だが、この女は違った。
堂々と百官の前に立ち塞がり、粛然とした様を壊す事なかった。

王がこの女に一目置いているのも伺える。
それが余計気に入らなかった。

何より、仙洞令君は縹家の人間をもってして任官される、特殊な地位。
それでも、この女が令君としての任を全う出来なければ、その地位から引き摺り下ろす事が出来るのではと思った。

危ない橋を渡るのは仕方ないが、“女”の宰相位を認める事が出来なかった男は、今回の王の妃の選定に、自身の娘ではなく、別の娘を用意した。

もし見破れなければ――。


男の心に浮んだ微かな希望。
そして、“外の男”であるこの男の捻じ曲がった性根が、それを(あお)った。





『わしが見破った時は――』


ツ、と彩月の目が細まり、鋭い眼差しで男を見下ろす。
雷光の如き瞳、と称されるいつもの眼差しではない。

まるで汚らわしいものを見る様な、侮蔑の念が(こも)ったもの。


『養女とでも言い訳するつもりだったのであろう?
養女の届けも、遅らせながら戸部に提出したのはコチラにも届けている』


パンパンと指で指でその書類を弾きながら、フン、と鼻で笑い、吐き出す様に告げた。
一見、その書類に不備はないかと思われるが、実は穴だらけである事は少し調べればわかる。

見破られる可能性はあったが、ここまで早く、しかも“彼女”が見つけるとは思ってもみなかった。


(…見破られていたのかッ)


悔しさの余り、噛み締めていた男の唇からツと血が(にじ)む。

大きな賭けだと分かっていた。
けれど、この女がこれ程までに上手だとは大きな誤算だった。


縹家の閉ざされた隠れ宮に、息を潜める様に生きてきた世間知らずの巫女だと思っていた。

政事(まつりごと)についてなど、何一つ分からぬ、“ただの巫女”だと。

それが――。







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